そして「合理性と効率性」を追い求める中で,他人を世話することが「利益を与えること」に,他人から世話をされることが「利益を得ること」にとものの見方が変わるとき,人は世話を受けることをばかり考えて,世話することを嫌うことにはならないのでしょうか。果たして「利益を生まず,負担が大きい」と感じる出産や育児,介護を誰がしたいと思うのでしょうか。ライバルとなるかもしれない「新入社員」に誰が仕事を教え,キャリアアップして離れていくかもしれない社員を「有能な社員に教育」をするのでしょうか。
グローバル化と都市化がすすむ今だからこそ,自然からだけではなく,他人や社会から「恵み」を受けて人間として成長し,生活していることを改めて認識し,自然や他人や社会を犠牲にして自己の利益を追求することは「金の卵を生む鶏の腹を割く」に等しく,自分の足下を支えている社会を早晩崩壊に導きかねないことを自戒していかなければなりません。
我々は直接あるいは社会を介して繋がっている他人と共に末永く繁栄することを目指して社会を構築していかなければならないと考えます。ここに社会において世代が徐々に連綿と移りゆくことを踏まえれば,他人は同時代の人ばかりではなく過去から未来へと時間を超えたものであることは付言を要しないでしょう。
また人間の営みが積み重なって社会が成り立っている以上,多くの人が夢や希望を持たず,輝きを失ってしまってしまえば,社会は活気を失い,社会はその機能を停滞させて,人に「恵み」を与えることが出来なくなり,多くの人の夢と希望を奪っていくことになってしまいます。ここに「有限の富を奪い合う競争社会」が到来すれば,ますます社会が疲弊していくのは明らかです。
そもそも文字通り焦土化した国土から奇跡の復興を遂げたのも陰惨な戦争が終わり平和な社会が訪れるという希望があったからであり,高度成長を遂げて先進諸国入りしたのも豊かな社会への憬れが夢となっていたからにほかなりません。
今の日本は,夢のようなバブルが弾けて迷走し,世界から見ればまだまだ豊かな社会であるにもかかわらず,悪い面ばかりに目を向けてビジョンを失い,人々から夢や希望を奪い去ってしまったなれの果てといえます。
そうであれば,今こそ1人ひとりが夢と希望を取り戻して,自分も他人も共に栄える社会を再構築していかなければなりません。
本年度国家政策特別委員会は「人が輝き,地域が光る,夢ある国「日本」を目指して」をテーマに,社会が血の通った人間を基礎として築かれたものであり,夢と希望を持って,世代を超えて自他共に榮える社会を構築できる国のあり方を模索していきます。
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