東京青年会議所 第59代理事長 相澤弥一郎より御礼のご挨拶


創めも今も――自ら明かりを灯す
〜次の10年に向けて〜


 2008年は政治と経済の混迷期ともいうべき年でありました。総理大臣の突然の辞任、道路特定財源問題、年金データの紛失など国民生活に直結する事件が数多く、サブプライムローン問題に端をとる米国発の金融危機は、100年に一度といわれる世界恐慌を引き起こし、その影響はついぞ停滞していた我が国だけにとどまらず、世界中を見てもリスクヘッジ先も存在しないほどの猛威をふるっています。日々のメディアに目を向けても明るいニュースはほとんど見かけず、相変わらず社会面では目を覆うばかりの悲しい事件が起きており、世の殺伐とした状況だけが伝えられていました。

   本年私たちは、“躍動する民主主義を目指し次世代の東京を創る運動”を標榜し運動を各所で展開してきました。特に現在のような社会的苦境では、この民主主義といわれるものを一度懐疑的に捉え、この国に合った民主主義とは何なのかを考え直す必要がありました。ついつい多数決などの意思決定と混同されがちな考え方ですが、上記のような荒廃した世の中では生きることの価値や社会参加の価値などが薄れてしまい、国民の多くを厭世感と無関心が覆います。いつの世も社会はこの無関心と戦うことが要求され、たとえば“景気が悪い”と嘆いていても何も変わらずさらに悪化するように、自らの立ち位置でどういう社会参加、社会に貢献しうるかが問われてくるはずなのです。政治や行政に責任を追及しても、もはや何も解決するわけではなく、自らの社会生活において、それ自体が公益を担うことができることの証明が必要になってきました。例えば景気の課題一つをとっても、内需が冷え込んで10年以上と言われていますが、景気の回復などは消費マインドの復活が最高の景気対策であり、そのようなムードを国民各層が、官・民・企業が、明日を見据えて育んでいかなければなりません。いつの間にか我が国の国民は責任を他者へ見出すことに慣れてしまいましたが、それでは何も解決にも結びつきません。責任を必要以上に社会的に追求されれば、小さなほころびのうちに直す、というマインドよりも、隠してきってしまおう、と愚かな選択をするものが増えたとしても不思議ではなく、後追いで同様の事件が多く発生したことは必然の結果でした。しかし、良識ある国民はこの手のニュースを一つ見ても、責任を追及するというよりも厭世的に世を見ることになります。そしてメディアが正義として第三者的に一方的な情報を送り続けるのです。しかし、いよいよ広告料の減少という現実的な問題になり、メディアも他人事では立ち行かなくなってきたのです。

 国民目線という言葉が出始めて、私たちはその目線が一つだけではないことをようやく理解し始めました。国民各層各所では権益も違うという当たり前のことに気がつき始めました。我が国に古くから伝わる「和を以って貴しと為す」という十七条の憲法にある思想は、まさに民主主義の原点ともいえますが、調和した結果が美しい、という意味ではありません。正確には「一に曰く、和(やわらぎ)を以て貴し(たっとし)とし、忤(さか)ふること無きを宗(むね)とせよ」であり、一つの決定案に対して、正しいと思う者もあれば間違いと思う者もあり、いがみ合うだけでなく、双方に配慮し、協力し合って統治に努めることが尊い、とされているのです。しかし私たちの国の現状に目を向ければ、議論の俎上にも参加することなく棄権した状態であり、それに対しての無関心層という無責任が許されるという現状であり、先に理想とした統治のあり方とはかけ離れた状態ではないでしょうか。これは無関心が悪い、ということよりも関心はあるがどのように参加すべきなのか、どこへ参加すべきなのか分からないうちに無関心になっていく、といった方が正しいでしょう。近代我が国の社会運動は、この得体の知れない魔物との戦いであり、どうやって社会参加の機会を増やすのか、どのようにこの世に生きているという実感を持たせるのか、という根源的な問いに行きつくのです。すると、政治や行政といった官製制度だけで対応するものではなく、国民各層によるあらゆる機会の創出が豊富な状態でなければなりません。本年標榜した躍動する民主主義とはこのような社会状態を若き青年層によって創出し、多くの国民が棄権せずに社会に意欲的に参加できることを目指したものでありました。

 社会そのものを変革する、ということは壮大で究極の目的であり、人類の尊き試みであることは間違いありません。しかし、国民一人の目線になって壮大な目標のみを追求したとしても恐らく共感を得ることはなく、徒労感を感じさせてしまうかもしれません。確かに、使命感に燃え、世の中を良い方向へ変える、という志を立てたとしても他人に押し付けるのではなく、周囲の社会に無理なく浸透するように誘導していくことが大切なことではないでしょうか。この社会変革も一つの思想であり、強制されることもなければすることもできないものです。しかし、何もしなくてよいのではなく、どうすれば無理なく誘導することができるのか、という点で指導力が要求されてきます。世の共感を得るには、まずは生活圏の目に見える問題をどうするのか、身近な論点に置き換えながら私たちはトレーニングに努めなければならず、難しい主張や高尚すぎる志は、その後のプロセスや主体的にかかわった人達が拙速になっては難しいでしょう。しかし、現在の国民運動などでは、専門的な分野へとますます深化し、使命感によってかかわる人々の熱意は無関心層へと響かず、ナイアガラの滝をコップで救うような苦労を強いられているのです。どうやって無関心であった課題を関心へ誘導するのかは、企画力が必要になってくるのです。青年会議所はもともとよく勉強する人たちが集まる経済人が集う団体です。情報などが手に入りにくい国民各層へ、よく勉強をした青年会議所が上手に関心を与えるためにイベントや運動を行うのが仕事であります。ですから青年会議所は専門分野を持たず、能動的に社会変革を標榜するが故に、社会的な課題を広く、数多く手がけているのです。

 青年会議所は給与などが一切発生しないメンバーシップで運営されます。我が国のNPOは特定非営利活動として、営利を取らないのではなく、不特定に還元することが許されています。人が集い、何かを起こせば費用が発生しますが、青年会議所があえてメンバーシップという自ら納める会費に基づき運動を行うのは、結果としてメンバーへの指導力として還元されるからであります。40歳までという制限により、人生の青年としての成長期に、金銭の関係しない人間関係の中、社会という公のために何かをする場合、他者を「納得」させなければならず、そこには強制ではなく信頼や人間関係という無形の情によってのみ達成されるものがあります。毎年組織を改編するのも、様々な立ち位置に会員を置き換え、幅広いトレーニングに結びつくよう工夫された制度であり、多くの経験を重ねながら、40歳以降の社会人として、信頼に足る指導力を持った人間を育成することにつながるのです。そのような能力が、自らの職場、自らの地域、自らの教育環境などに活かされることは、時間はかかりますが、社会変革を行うには最も国民生活の奥深いところへ届くこととなり、メディアでも、政治でも、行政でもない、隣の隣人から社会参加の実感を得られる可能性を創出する団体が青年会議所なのであります。
多くのメンバーはその効果を理解して運動に従事しておらず、社会変革のために―、世の中のために−、と日々涙ぐましい努力をしておりますが、40歳を迎え、青年会議所から離れた時に、団体として世を変えるのではなく、自分自身のような存在が多く点在することにより、確実に世を変えていくことに気がつくのであります。
 この思想をもって活動する青年会議所は、初めて特性を活かすことができます。杓子定規で考えるよりも、一つの重要な社会実験として世に受け入れられるためにはどうしたらよいか、メンバー各々が持つ社会的経験や知恵から独創的な事業を展開することとなるのです。たとえば、「手を挙げて 横断歩道を 渡りましょう」などに代表される交通標語などは青年会議所運動から発生しており、政治の公開討論会なども同様であります。ここには難しい論理構築よりも、目の前にある問題に対して、ユニークで束縛されない発想が、世に広く受け入れられた結果であり、これが青年会議所がいう「政策」となっていきます。経済人が多い青年会議所はモノを売ることに例えながら、どうすれば消費者が手に取ってくれるか、購買してくれるか、赤字にならないようにどう経営するかを考え、同じような経営的能力を持つ同輩メンバーと知恵を出し合い、時には議論しながら「政策」を高めていくわけです。
 このような同輩との出会いによる可能性の創出や、経験者である先輩からの指導によって、半世紀以上人材を輩出されることにより着実に社会変革に努めてきた団体こそが青年会議所なのです。

 「曇りなき心の月をさき立てて 浮世の闇を照らしてぞ行く」 伊達正宗 辞世
 1949年9月3日に東京青年会議所は「新日本の再建は我々青年の仕事である。」として設立されました。この国の青年運動、社会運動団体の先駆けとして、自らの修養に努める若き経済人同士が、互いに磨き合う指導力養成団体として現在も同じ思想のもとに活動しています。不確かな将来を少しでも確かな未来へと実感させうるには、今を生きる私たち青年層が意欲的にそれぞれの社会に参加することから始まります。いつの世も“新日本”は渇望されており、その仕事を遂行できるよう情熱溢れる青年の世代から修養に努めなければなりません。このような苦境の時代の中で、次の10年を創るのは確実に現在の30代であり、人間として熟成する前の青年世代で積むトレーニングの機会、そしてまた従事するメンバーは、この社会にとって最も尊い存在であるのです。暗いと不平を言うよりも、進んで自ら明かりを灯すことが今まさに求められています。
 創めも今も−−私たちは自ら明かりを灯す人となろうではありませんか。

 日本の青年会議所運動60年を目前に、すべてに感謝をこめて本年の御礼と致します。

平成二十年戊子 師走
第59代理事長 相澤弥一郎





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