メディア戦略特別委員会

メディア戦略特別委員会 委員長 持丸勝

委員長
持丸勝

問題に特化したNPO が増える中、幅広く社会問題に対応し、また継続性のある事業をしてきた東京青年会議所が力を入れなくてはいけないこと、それは東京JCのブランディングです。
メディア戦略特別委員会は、東京青年会議所の広告戦略の一翼を担うなかで、伝えるべきメッセージである活動に対するターゲットの属性・サイズ・エリアに合わせた、「伝える場の確保」に重点を置き、最も効果的なメディア・ミックスをコーディネイトしていきます。
東京青年会議所創立60周年という節目の年において、各委員会と緊密な関係を築くとともに、それぞれの委員会の動向についての情報収集を図っていきます。委員会活動を広く外部に発信する、即ち、メディア戦略特別委員会はメンバーの思いを伝える身近で最大の武器でなくてはいけません。情報の集まる首都のメリットを最大限活用し、既存にとらわれない発想とアクションで青年会議所活動に賛同してくれる新たな仲間を集めたいと思います。新たな出逢いこそが運動のエネルギーであり60年代の青年会議所運動のパワーの源になるからです。
温故知新が如くメンバーの士気の昂揚に繋がる社会問題への意識統一と、運動を通じた人と人との新たな出会い、また今まで東京青年会議所が積み重ねた事業をアーカイブし、ブランディングに繋がる企画をメンバーへ提案します。

雄たけび(12月28日発行 メールマガジン掲載)

東京青年会議所事務局長 嶋田 武司

「また新たなスタートをする、東京青年会議所の理解者として」

東京青年会議所事務局長に就任して1年が経過しようとしております。私は、1975年の2月1日から東京青年会議所に勤務するようになってもうすぐ35年になります。よくもここまで来たものだ、と今更ながら思います。

人間で言えば、「60歳は子どもに還るの意で還暦の歳」と言われます。しかし、青年会議所の構成者はいつになっても20代後半から30代の若者の集いで変わりがありません。その若者集団の一つである東京青年会議所は本年9月3日に60周年を迎え記念式典を開催しました。
栂野慶太理事長の式典でのスピーチは大変すばらしく、シニアの方からも、日本青年会議所や他の青年会議所関係者からも評判のよいものでした。
60年前の敗戦直後に使命感を抱いた若者たちと、豊かな社会を経てバブル後デフレスパイラルを味わい空白の15年を耐えてきた若者たちが抱く使命感や時代認識は重なり合う部分と異なる部分があるように思います。
重なり合う部分は志の高さであり、誇り高き精神文化であるように思います。異なる部分は志の高さと誇り高き精神文化を支えるコミュニティーの再生産ができない社会に変わってしまっている現実にある、と感じております。
「この国にほこりと希望を」再生しようとした試みは「気づき」としての意義をもっております。ムラ社会で再生産されていた秩序感覚が、ムラの崩壊とともに再生されることなく、経済優先の新しい「消費が美徳という秩序」とモラルが感覚的に浸透することで日本人的な「もったいない」秩序が失われていく過程が私の生きてきた時代そのものであったと思います。「内」と「外」の感覚が崩れ「公恥心」が薄らぎ無くなっていく方向に今があると考えております。60歳の還暦で東京青年会議所が還ったところは「公恥心」を取り戻すこと、「公恥心の復権」であったのではないか、と思っております。
60周年で訴えられた東京青年会議所の運動は、この気づきとメッセージを発した後にどう変わっていくのか、事務局から青年会議所運動を下支えし、成果を見続けてきた私の興味が一層そそられ、見続けようという意欲が更に湧いてきております。
2010年度の東京青年会議所は、会員増強を目指すリーダーとして第61代安藤公一(あんどうたかかず)理事長を選びました。会員増強を目指したリーダーは東京青年会議所60年の歴史の中では、2人しかおりません。1968年・第19代理事長の松本誠也氏と1988年・第39代理事長の和田光司氏です。
安藤理事長は東京青年会議所の歴史上3人目の会員増強を目指すリーダーとして大きく踏み出すことになります。
大きな運動を起こすには「数は力なり」という命題を実践していく選択は間違っていないと思います。現在の政治枠組みでは「現実的な経済優先の世界観」に基づく仕組みのために地球温暖化にストップをかけるためのCOP15が具体的な成果を残すことができませんでした。発展途上国も志の高さや誇りを保ちたくとも、霞を食べては生きられないということでしょう。「武士は食わねど高楊枝」がムラ社会の秩序感覚に支えられた共助のコミュニティがあったからできた芸当だったように、世界の政治力学のなかにある共助はつくられつつあるものであり、身に付いて安定したものではないために信用がないものと思われます。
安藤理事長の「社会との約束」が目指す彼方にある社会はどんな秩序感覚を再生産することができるのか、私は見守りたいと思っております。
また、2010年度は相澤弥一郎日本青年会議所会頭を擁立していきますので、東京青年会議所の渉外機能が28年ぶりに試されることになります。しかし、相澤会頭には愚直に青年会議所のニュートラルな価値観を訴えて頂きたい、と個人的に思います。
政権交代が実現し、来夏の参議院選挙を控え、政策は迷走していても民主党の支持率が衰えないのであれば、現政権が長期政権化するとみることが自然です。青年会議所はどんな政権にもモノ申す気概を養い、主張をし続けることができるように研鑽を積み地域力をつける本来の青年会議所運動に立ち返る指導力を発揮されることが、東京青年会議所出身の会頭らしいように思います。
前政権を通じてあたかも青年会議所が権力を握ったかにみえたのも束の間のことでした。「未曾有」の読み方で知識と見識を疑われ、恥ずかしい思いをしたことも記憶に新しいことです。青年会議所は自民党の青年部では無いのに世間にそのような印象を植え付けようとした勢力に利用され続けてきたこともあった、と思わざるをえません。
かつて、新自由クラブができたとき、青年会議所の会員の方の中には新自由クラブを応援した方々が沢山おりましたが、決して「青年会議所の名前」は出しませんでした。それは「特定の団体や個人のための活動」を禁じている定款を遵守していたからです。しかし、京都会議で「JCを保守本流に戻す」と会頭年頭所信で述べることで「青年会議所は自民党の保守本流である」というコペルニクス的な大転換をしてしまったことから青年会議所そのものがニュートラルではなくなりました。 しかし、2011年に60周年を迎える日本青年会議所も、もう一度「ニュートラル」に還るには、東京青年会議所をバックにした相澤会頭にしかなしえない「逆コペルニクス的大転換」への宣言が必要なのではないか、と思います。
縷々、ひとり言のような戯言を記してしまいましたが、青年会議所運動を一番身近で観察し、善きにつけ悪しきにつけ、青年会議所運動の最大の理解者は私たち事務局員です。私たち事務局員は青年会議所の内と外の境界線上のマージナルマンとして立っている目撃者である、と定義づけております。そして、私たち事務局員以上に青年会議所運動を理解できる者は他にはいない、と私は思っております。そういう意味では、事務局員に接する会員の皆さんの言動や、事業を通じて訴える運動の受け止められ方が世間一般に受け止められるよりは意図を深く理解して受け入れられていると思います。ですから、最大の理解者は最大の擁護者にもなりますし、逆に批判者として改善点を指摘することもあります。
大事なことは、運動者自身の高貴な志にほかならないと申し上げて本稿を締めたいと思います。

 

委員長の雄たけび(9月30日発行 メールマガジン掲載)

世の中には数多くのブランドが溢れている。商品ブランド・企業ブランド・地域ブランドなど様々な種類の枠組みのブランドが存在する。出来ては消えていくブランドの中で、(社)東京青年会議所とうい活動する人間のブランドを背負った青年集団が60年間活動し続ける事が出来た理由。

2009年現在で3500人を超える東京青年会議所を卒業したシニアと700人の現役メンバーで構成される団体が今まで環境・教育・福祉・政治行政・国際・地域をテーマにその時代に沿った社会変革活動をしてきた。

その活動に関わりを持った人、それを見た人それぞれ東京青年会議所に対してのブランドイメージを持っていると思いますが、60年前から変わらずメンバーがしてきたことの中に、「夢」を語ることがある。家庭を、地域を、この日本を、この世界を、明るい豊かな社会にしたい!そんな青臭い言葉を本気で堂々と周囲の人々に話す。

そこに今まで多くの人が集まってくださった。多分それは青年が語る夢が実現することをその人たちが望んでいるということ、省みれば皆さんが支援してくださる土壌があるから60年間運動して来る事が出来たのだと思います。

温かく見守ってくれた方、共に参画してくださった方のお蔭で、東京青年会議所は社会変革に向かった活動を推進してくる事が出来た。そう感じます。

来年は卒業し現役のメンバーではなくなりますが、この組織で活動できた事を誇りに、違った分野で色々な夢を語る機会があればと思います。