女性メンバーの声

〜成島真紀君へ〜(12月28日発行 メールマガジン掲載)

 

本当に永い間、東京青年会議所の為にがんばってくれてありがとう。近くで活動している成島さんを見て、何にでも一生懸命取り組む姿勢に、いつも自分自身のJCに対する姿勢を問い直したのを思い出します。
成島さんが一生懸命、力を注いできたこの団体を残った私達でもっともっと素晴らしい団体にしていきます。
安らかにお眠りください。
栂野 慶太

いつも笑顔で前に進んでいく真紀ちゃんは素敵でした
今まで本当にありがとう
これからは天国でJayceeのみんなを見ていてくださいね
成田 繁壮

昨年、ソーシャルデザイン特別委員会での市民討議会や公開討論会、様々な事業をスタッフとして関わらせてもらいました。
色々な障壁を超えていきながら突き進むバイタリティーあふれる姿が、もう見られないのが残念です。一緒に活動したメンバーは絶対にその姿を忘れることなく、今後、成島さんの分まで社会を変えていきます。みんなを見守っててください。
和田 聡

パワフルでチャーミングで大食いで、そして結構頑固者。
成島さんは、あの一見華奢に見える体のどこにそんな力があるのか?と思うくらいエネルギッシュな人です。彼女を嫌いなメンバーって一人も居ないんじゃないかな?
奥山 卓

となりで見ていた成島さんは、とってもまじめでチャーミングな人でした。いつも一所懸命で。人を、そして、その人が暮らす社会を愛してやまなかった人なのかな。彼女が愛した人と、社会と、東京JCを、いつまでも守っていかなきゃと思います。
中尾 公一

真紀ちゃんとはよく食事をした。ランチの筈が深夜まで続くこともしばしばあった。夏は焼肉、冬は鍋。楽しそうにJCの話、仕事の話をしてる真紀ちゃんが印象的でした。真紀ちゃん、いつものようにバイバイしよう!また明日ね!
猪股 幸治

成島さんとは2年前に葛飾地区委員長として市民討議会の事業開催について、週に何回も深夜まで激論を交わしたことが今でも鮮明に思い出します。JCや社会に対する純粋な思いを持った人であり、その思いを引き継いでいきたいと思います。
米山 真吾

去年、今年と一緒に事業をつくりあげた同志でした。成島君の思いがなければ、明治学院大学との共催事業も実現しなかったと思います。徹ロンPJが優秀東京JC賞を取ったと報告したら、とても喜んでいたのに。あまりにも突然なことで受け入れ難いことですが、彼女の分まで東京JCが拡大し続けることが供養になると思います。
柳 邦明

JCを楽しくしてくれたこと、JCの仲間をたくさん作れたこと、09年度に委員長を出来たことも今思えば真紀ちゃんのおかげです。あなたの笑顔を心に大切にしまっておきます。
お疲れ様そしてありがとう。
砂村雅則

あなたと幾度と無く夜遅くまで議論した事を今でも憶えています。時に厳しく時に優しく親身になって共に考えてくれた事を忘れません。あの時、あなたが担当理事で良かった。
心からありがとう。残念でなりませんが、あなたの早すぎる旅立ちに哀悼の意を表すと共にご冥福をお祈りします。
松田 丈史

02年私が2月、真紀ちゃんが3月入会。知り合ってすぐに仲良くなり、それから8年という月日でたくさんの楽しい思い出をつくりましたね。これからも真紀ちゃんは私の大切な親友です。ずっと大好き、たくさんの愛をありがとう。
大徳 直美

(社)東京青年会議所 港区委員会 委員
与儀育子(12月11日発行 メールマガジン掲載)

 

2005年に入会してから4年間、地区でだけ活動してきた私にJCが世界的な団体だったということを教えてくれた事業がありました。それが毎年夏に開催される「国際アカデミー」でした。「国際アカデミー」略して「国アカ」。
世界各国のNOMから次年度会頭またはその可能性のあるJCメンバーが一堂に会し、日本人メンバーと共に1週間泊まり込みでセミナーを受けるのです。約60カ国から集まったメンバーと日本人メンバーは二人一組のバディ制を組み、セミナーはもちろん部屋も二人一部屋、ご飯を食べるのもお風呂に行くのも宿題をするのも何から何まで一緒の1週間。初日は不安でいっぱいでした。私のパートナーはエクアドルから来た女性でしたので言葉はお互い母国語ではない英語。そして自由時間はほぼ無しの生活。初日の夜は面倒くさい所に来ちゃったかも…とちょっと後悔していました。 しかし2日目からは不安に思う余裕さえなく、ぎっしり詰め込まれたスケジュールをこなしていくのに必死でした。モジュールも共通言語は英語。頭は課題を考えるのとそれを英語に転換して同じチームの海外メンバーに伝えるという普段全く使ってない部分をフル回転。2日目夕方には頭がガンガンしていました。
しかし日を追うにつれて、彼らの活動に対する意識の高さに尊敬を覚え、同じJCメンバーという括りが団結力につながりました。コミュニケーションに本当に大切なのは言葉ではなく何を伝えたいのか、それを伝えたい気持ちだと体感しました。
最終日、パートナーとの別れの時は涙が我慢できないくらい絆が深まり、「来年はガラパゴス諸島に連れて行ってあげるから絶対にエクアドルまで遊びに来てね!」という言葉で別れました。 国アカに参加したことだけでもJCに入会した価値は十分にあったと心から思える1週間でした。

活動しているとついつい視野が狭くなってしまうことがありますが、地区の先には東京が、その先には日本が、更にそれは世界につながっているということを忘れることなく、また多くのメンバーにもこの感動を伝えていきたいと思っています。

鹿児島JCの皆さん、国際アカデミー委員会の皆さん、素晴らしい体験を本当にありがとうございました。

(社)東京青年会議所 千代田区委員会・メンバーサポート委員会
山口純恵(11月30日発行 メールマガジン掲載)

 

東京JCに、入会して、早、四年・・・・

入会当初は、熱い議論に、ついていけず・・・趣味の会の茶道部会に、潜伏していました。
それでも、JCを続けるうちに、活躍する、女性の自立した行動や、考えにふれ、素直に魅力を感じるようになりました。
周りのメンバーも温かく迎えてくれ、私を育ててくれたようにおもいます。

お世話になった先輩が卒業することもあり、アクティブになった、姿で、送り出してあげたい!と思い相沢会頭が26年ぶりに、東京から、選ばれた事もあり、会頭補佐になり、日本出向を決めました。

2010年度の会頭補佐業務で参加することになった、世界会議。
アフリカのチェニジアという遠い異国の地で、行われました。町中が世界のJCマンの熱気に溢れ、不安どころか、共通のJCというフレーズが、人の距離を縮めてくれました。世界各国で活躍するJCマンの中には、女性の、理事長も多く、驚きました!
沢山のセミナーがあり、自分の必要に応じて、参加できる事も魅力だと思います。
韓国のメンバーとのコリアンナイトや、ジャパンナイトなど、各国のパーテイーが模様され、その国に、触れる事ができました。普通の旅行では、絶対に味わう事の出来ない、充実した、一時でした。
JCに入会したら、一度は参加して頂きたいと、思います。

入会した四年前に比べ、自分で言うのも恥ずかしいですが、かなりの成長振りをみせて、周りの、メンバーからは、驚かれています。
私が、今、思うことは、人は変われるという事です。
自分の中に、少しでもこうなりたい、何かを得たい、知りたい、と思う気持ちがあれば、JCは、必ず、教えてくれます。
自分の思い通りにいかなくても、それは、やり方が違う事を教えてくれ、上手くいく時は仲間が支えてくれた事を学び、大きな達成感を分かちう事の大切さを、教えてくれます。

一生懸命JCの活動をやるようになった、今だから分かること。この気持ちを忘れずに、JCライフをこれからもエンジョイしたいと思います。
最後に、私をここまで支え、温かく見守ってくださった、沢山の方々に心より感謝します!ありがとうございました。これからも宜しくお願いします。

(社)東京青年会議所 メンバーサポート委員会・千代田区委員会 委員
志摩雅子(11月13日発行 メールマガジン掲載)

 

基本は真面目に会議する。これは本当のこと。でも・・・

セミナーでメガネかけて司会とかインスト役をやったり

わんぱく相撲全国大会なんていうものに参加して女子の団結力を高めてみたり
時には地区のお祭りでエプロン姿にもなる。

学園祭みたいに、たいやきを焼いたりもする。

打ち上げでは、アホな顔してカラオケ歌って

卒業生のお祝いで沖縄のどこまでも青い沖へ出て、釣り大会したり

会社で重い責任のポストに就いたときにはみんなにお祝いしてもらえたり

お誕生日会をサプライズで開いてもらったり・・・

何も考えず、ちょっと頑張っちゃった間に

いつの間にか、会議以外でこんなにたくさん思い出ができていたことに気付きました。

みなさん、ほんとうにいつもありがとうございます!!!

(社)東京青年会議所 台東区委員会 委員
石山幸江(10月30日発行 メールマガジン掲載)

 

”JCは自己修練の場である”という話を初めて聞いてからもうすぐ一年が経とうとしています。

思えばちょうど一年前、書類上の問題や連絡ミスのために台東区委員会の方々を振り回し、勤務先を何度も早退をさせてもらい、ようやくたどり着いた2008年度12月の入会審査会。
”なんで職場や患者さんに迷惑をかけてまで例会にでなきゃならないの?”
”なんでボランティアをするのに会議ばかりなの?”
そんな不信感と疑問を抱いき、勘違いのままに入会したのを今でもはっきりと覚えています。
考えてみれば、このとき私は自己修練の世界に足先をつけてみたのね。。。

とはいえ、それでもただお客様スタンスな私でした。。

そんな私を温かくいつも迎えてくれたのは台東区委員会の方々です。本来なら全く別の世界に住む、ただすれ違うだけで出逢うことのない方たちです。しかし、下町という土地がらも手伝い、いっきにたくさんのお兄さんたちができたようで、それは医療という狭い世界で生きてきた私にとっては新鮮かつ嬉しいことでした。何度考えても、彼らがあってこその私のJC生活があるのだと言えます。

さて、台東区委員会での一大イベントで毎年8月最後に行われるわんぱくトライアスロンがあります。
これは台東区から多額の予算を頂いて行う盛大な事業であり、私のJC活動のほとんどの位置を占めていると言っても過言ではありません。(笑)
今年の大会で私はアナウンス兼タイムキーパー兼忘れもの保管所兼etc.…というなんとも不思議な係でした。二足のわらじどころか、みんなムカデのような仕事の分担、つまり人手不足なわけです。
それだからこそなのか、各自の責任の重さ、そして無事に成し遂げたときにはそれに大きく比例する充実感があったのではないでしょうか。またここで会員の兄弟姉妹たちとの絆が深まります。
ただ純粋にスポーツを頑張る子供たちに清々しい気持ちをわけてもらい、多くのボランティアの方々に支えられ、自分自身も一会員である以前に一社会人として頑張らなきゃという気持ちになります。

そろぞれが社会的に立場のある会員がない時間を割いて準備を重ねる、これはすべての会員の方に共通することですが、私にとってもやはり仕事が足かせかつ言い訳になります。あくまで組織の管理者ではなく、一勤務医である私にとって7時からの会議に参加することは大変難しいため、それを言い訳にお客様のままの暮らし。。

ところがそこで降って湧いたようなキラキラ日記への投稿のお話しです。これは私にとっては自己修練以外の何ものでもないのかもしれません。。
普段は友人とのメール、大学で学んでいるヒンディー語と仕事で使っているカルテの記載、それ以外に文章を書くことがない私にとって、これは大変な試練です(笑)

つまり、気がついてみたら、JC活動に片足をしっかりつけてしまっていました。

このJCというなんともトリッキーな活動、気がついたら両足どころか抜け出せなくなる、やがては人生においてなくてはならない存在になるのかもしれません。そしてその頃には胸を張って“お客様スタンスの時代が懐かしい”と思えることと思います。

この降って湧いたような試練(笑)をきっかけに、言い訳をする前に、まずは少しばかり行動範囲を広げてみたくなりました。

ほらやっぱり、私、罠にかかったみたいです。

(社)東京青年会議所 ヒューマンデザイン会議書記幹事&杉並区委員会委員
下田恭子(10月15日発行 メールマガジン掲載)
 

 

最初に例会に参加したときは、正直びびりました。オープニングで国旗を掲げ、メンバー全員でJC綱領を唱和する。

この団体は何なのだと。

その時、たまたま杉並区委員会が担当していた防犯をテーマにした例会で、内容はとてもすばらしいもので、同世代で異業種の人たちが社会問題について考え、また来た人たちに訴えかけている姿に、感動したのを今でも覚えています。

メンバーの皆さんは、会社ではそれなりの地位で仕事をされている方が多いですよね。

それがわざわざお金(年会費)を出してJCに入会し、社会を良くしようと取り組んでいるのに、時には人から批判されたり、怒られたりしているのを見るととっても不思議(笑)。

まさにJCは自己修練の場所ですよね。偉くなるとそういうことってなくなるので、いい機会なのかしら。

皆で集まって一つの目標を掲げ、それに向かって団結する事も、学校みたいで楽しいです。

私は自由人なので、強制されるのは好きじゃない。自分の器の中でできる範囲でJCライフを楽しみたいと思います。

時折、会議がメインなのかその後の懇親会がメインか分からなくなることもあります(笑)。



(社)東京青年会議所 渋谷区委員会 委員
大徳直美(9月30日発行 メールマガジン掲載)
 

 

8年連続で渋谷OB現役&03サマコン出向メンバーにお誕生日をお祝していただいてます♪これからも末長く宜しくお願い致します!

2002年2月入会し早7年、一番に思い出すことは
『よくわからないので社員同席で入会審査受けてもいいですか?』
『委員会とか私が出席できない場合は社員が代わりにでもよいですか?』
こんなことを真顔で聞いた私にスポンサーを引き受けてくださったお二人が驚き入会審査にも付きっきりでヘルプしてくださったお姿、そして当時、面倒なこと苦手なことは他人任せにし、興味があることだけしていればいいという恵まれていた人生を送っていましたが“こんなんじゃいけない!”と危機を感じ 何か成長できる場所を探していた、それで、JCOBの方に入会を勧めていただいた…という経緯があったのにも関わらずに、入会してしばらくの間、二年間ぐらいでしょうか?成長するどころか、より甘えることを覚えてしまった…という、情けない状態だったことです。思い出すだけで顔が真っ赤になってしまいます。本当に恥ずかしい新人時代でした。

そこから何とか変わることが出来たのですが、きっかけは出向で出会った全国各地で活動しているメンバー達との交流からでした。
三世帯同居のお嫁さんという立場で活動している女性、離婚し娘二人を育てながらアクティブに活動する男性、そして寝ないでも委員会に出席し、懇親会では人一倍気配りをするそんなメンバー達の姿に、胸を打たれ、私もメンバーの役に立ちたい!と行動するようになり、そこから心配り気遣いが出来る女性になることも目標にプラスし、今まで頑張ってきました。

また5回の出向経験は出張が多い私にとってはより何事にも替え難い宝物になりました。
どこに行っても知り合えたメンバーがいて、観光スポットを案内してもらったり、有名店にての美味しいお食事に連れていってもらえたり、そしてお仕事でもやり取りができたりと信頼できるメンバーとの交流を現在も続けることができています。
このネットワークが全国にできたということは、私にとっては刺激となっていることは言うまでもなく、いつまでも輝いていたいと思うモチベーション維持へとも繋がっていたりするのです。

最後になりますが、JCに入会して本当に良かったと心の底から思っていますので、これからはお若いお友達たちに入会をお勧めすることも恩返しとして心掛けていきたいと思います。ありがとうございました。



(社)東京青年会議所 福祉政策委員会書記幹事&品川区委員会委員
山下智子(9月8日発行 メールマガジン掲載)

 

JCに入会したきっかけはわんぱく相撲でした。

初めて見たわんぱく相撲は品川区大会で、エコフェスタという地域のイベントと共催しており、地元に密着し、このような青少年の健全育成に対する運動を32年前から続けているということに驚き、また、参加賞を取りに来た子供たちに癒されました。
その年、そのまま入会するかもよく考えずに都大会、全国大会まで参加させて頂き、全国大会ではオブザーバーのまま司会も体験させて頂きました。

JCを体感してみたいと、そのまま07年に入会させて頂いて、今年は福祉政策委員会で書記幹事をさせて頂いています。
委員会を運営する側としての難しさ、議事録の作成や出欠管理、委員会会場・懇親会会場の確保などの雑務(雑務といってはいけないのかもしれませんが・・・)に追われ、また、今年は委員会スケジュールがタイトで重なっている委員会が多いこともあり出席者が少ないということはわかりつつ、出欠のメールを流している者として少し責任を感じてしまったりしています。しかし、いつも欠席ばかりの方が出席して下さると嬉しいですし、勉強会や例会に向けてみんなで意見を出し合っていると自分が考え得なかったようなアイディアがうまれ、行きつ戻りつしながらも少しずつ形になっていくのは本当に充実感があります。

福祉政策委員会が主管する10月例会まであと一ヶ月・・・。福祉というと今まで、身体障害者の方や高齢者、子育てをしている方など一部の方のためのもので、私は福祉を支える側であり、する側だと思っていました。しかし、広辞苑で「福祉」を調べて一番始めに出てくるのは「幸福」という言葉でした。「幸福」を調べると、「みちたりた状態にあって、幸せだと感じること。」だそうです。福祉というのは一部の方に対するものではなく、全ての人が対象の言葉なのだと勉強になりました。きっと福祉に対し前の私のようなイメージをお持ちの方は多いのではと思います。そのイメージを新しいものに上書きできるよう、これからが正念場ですが10月例会を頑張って準備していきます。

10月21日(水)、多くの方にご参加頂き、ご意見を頂ければ幸いです。
無事事業が終って、次年度モードの方も多いと思いますが、自分の中では今年一番の山場です。どうぞよろしくお願い致します。

(社)東京青年会議所 千代田区委員会 委員 
吉野由衣子(9月8日発行 メールマガジン掲載)

 

 2008年11月入会の吉野由衣子です。キラキラ日記はじまって以来の未入稿をやってしまいました。関係者の皆様、楽しみにしてらっしゃった皆様、本当に本当に申し訳ありません!!まだ入会して1年に満たないひよっこJCガールですが、記念事業特別委員会で書記幹事、千代田区委員会でわんぱく実行委員長、茶道同好会青泉会で会計幹事という三足のわらじでやっております。そんなわけで色々つめこみすぎて原稿が遅れてしまったりするわけです。ごめんなさい。

 さて、9月3日は60周年記念式典でした。記念事業と記念式典をよく間違えられるのですが、当委員会では式典とは別の委員会なのです。しかしながら、茶道同好会青泉会奥山会長のお手配により式典にご列席される常陸宮両殿下にお茶をお出しする、という究極の大役を拝命致しました。宮様とは目を合わせないようにする、自分から話しかけてはいけない、など諸々の注意事項を受けて、いざお茶をもって両殿下がいらっしゃるの御成の間へ。緊張してカタカタとぜんまい仕掛けの人形のようにお茶をお持ちしたところ妃殿下は「華やかね。お暑いでしょう」と振袖を着ている私を気遣って下さり、その他にも茶道をやってらっしゃる花子さまは「お茶は何流ですか」とお声を掛けて下さるなど、本当に暖かくお優しい方で感激致しました。
式典ではせっかく振袖でお召かししているのだから、とステージのお水出しや、目録のお盆持ちなどでちょろちょろ出させて頂きました。栂野理事長のご挨拶や安里会頭の祝辞に胸をうたれて、60周年という節目の年に立ち会えたことに改めて感動しました。小柳ユキさんの「君が代」も素敵でした。その後の懇親会では現役の方々はもちろんお世話になった先輩方や他ロムや海外からのJCの方々にも大勢お会いできて、楽しいひと時でした。

 無事に記念式典も終わり、いよいよ11月27日、記念事業特別委員会の例会となります。基調講演を国際協力機構理事長の緒方貞子氏に、その他豪華パネリストと未来を担う大学生をゲストに社会貢献、環境をテーマとして今後10年、20年という大きな視点でJC活動を考えていきます。この例会に参加した学生が25歳になったらJCに入り社会に貢献したいと思って貰えるような例会にし、明るい豊かな社会をともに築いていける仲間となることを期待しています。記念事業特別委員会は「記憶に残る事業」を目指し日々邁進しております。11月例会、皆様ぜひぜひご協力のほどよろしくお願い致します!!

(社)東京青年会議所 国際政策委員会 副委員長&大田区委員会 委員
(社)日本青年会議所 国際アカデミー委員会 委員
水野 雅美(9月1日発行 メールマガジン掲載)

 

JCに入会してから2年目の今年、自分が少しづつ成長していることを毎日実感しています。笑

私の最も尊敬する友人、鶴岡潔先輩にご紹介いただき、私の父がJCのOBだった縁もあって2007年に入会させていただきましたが、その頃は「私スーツなんて持ってないんだけど、どうしてスーツ着ないといけないの?」とか、「その年会費でバック買った方がよっぽどいい。」「JCでてる時間あったら、おいしいもの食べに行きたい。」とか・・・典型的な世間知らずのお気楽娘でした。そんな私に、まともな大人の社会、生活、考え方、振舞い、すべてを教えてくれたのがJCであり、ここで出会った友人だと思います。

今年は国際政策委員会で副委員長を務めさせていただき、また日本青年会議所・国際アカデミー委員会に出向させていただいておりますが、国際アカデミー委員会では、7月にThe 22nd JCI Academy in Kagoshimaを開催し、日本全国各地から、そして世界60を超える国々からのメンバーにご参加いただき、鹿児島の地にて、寝食を共にし、たくさんのプログラムやモジュールを体験し学ぶことを通じて、お互いの宗教や文化などを理解しあい、世界的な活動ができるリーダーとなるお手伝いをさせていただきました。開催2ヵ月くらい前から、やらなければいけないことに追われ、開催期間中は、驚異の一日三食カップヌードルの日々。辛い時もありましたが、同委員会のメンバーと一緒に泣いたり、笑ったり、時にはケンカしたりしながら頑張って作り上げた事業が成功した時の達成感、そして参加者のみなさんからの「ありがとう」「Thank you」には、言葉では表しきれない感動がたくさん詰まっていました。

私にとってJCは大人の学校のような組織です。
共に学び、泣き、笑い、利益を抜きにしてできる友達。
時代に合った社会変革活動を多くの会議を経て事業化する実行力この二つを同時に経験できるるのがJCの醍醐味だと思います。

まだまだわからない事もたくさんありますが、私なりのハッピーJCライフを満喫しています!!

(社)東京青年会議所 運動推進特別委員会副委員長&葛飾区委員会委員  
平瀬麻紀子(8月27日発行 メールマガジン掲載)

 

 JCに入ると『「長」の付く役職はぜひやった方がいいよ!』と言われます。
「長」の付く実行委員長や委員長をすると何がいいのでしょう?

実行委員長とか委員長になると、1年の間に何度も「もう限界だ!」「本当にこれ以上はもう無理!」って思い、青くなったり、泣きたくなったり、発狂したり・・・   もちろんJCだけやっているわけではないので、仕事とかJC以外のことまで含めて紙に書き出してみると、やらなくちゃリストが10個以上になったりします。

どう時間をやりくりしても間に合わないんじゃないか?  この時点で、かなり気が重たくなります。
仕事に穴あけるわけにはいかないし、かといって協力してくれるメンバーや家族をないがしろにしていけないのは当然で、絶対に時間が足りな〜〜〜〜い!!なんてことはしょっちゅうでした。

JCでは「一人で抱え込まないで人に仕事を振ろう!」と必ず言われます。でも人にお願いするのが実は結構大変。
お願いするからにはちゃんと資料をそろえて、段取りを説明して、相手が作る時間を見越して、十分間に合う時期にお願いする。途中で何度も連絡を入れて確認して、時には愚痴を聞いて・・・   自分でやる方がよっぽど楽だったりするものです。お願いする内容が面倒臭かったり、言いにくいことだったりすれば、気も引けるし、なおさらです。

でも出来るだけ多くのメンバーに、お願いして協力してもらうべきです。そして家族にも、社員にも協力してもらえることはお願いすべきです。時にはけんかしたり、ぶつかったりしながらも一緒に何かを作り上げる。一人でも多くの人に、ほんのちょっとのことでも構わないので、手伝ってもらう。そしてもちろん感謝する。これがとても大事です。

お願いした時に「いいよぉ!」と言ってもらった時のホッとするような嬉しい気持ちは、私の味方がここにいた!と絆と友情の温かさを肌で実感できます。
事業が終わった時や、1年の最後を迎える時には、自分を支えてくれた頼もしい仲間がこんなにたくさんいた!と感謝の気持ちで胸がいっぱいになる、最高の瞬間を味わえます。

自分で片付けてしまえば、自分しか達成感を味わえない。
9人にしかお願いできなければ、10人でしか満足感を味わえない。
99人にお願いできれば、100人で一体感を味わえる。
400人に協力してもらえれば、大勢で作り上げる喜びを味わえる。そして本当にびっくりするようなことができる。
これがJCの一番の魅力です。

だからこそ、仕事をいっぱい抱える実行委員長や委員長は絶対にやるべきです。やらなきゃ損です。
だってJCの一番いいところを味わえるのですから。
私も12年間のJCで一番いいところを味わうことができました。JC頑張って本当に良かったって思います。
皆さんも卒業までに、ぜひチャレンジしてください。

(社)東京青年会議所 運動推進特別委員会総括幹事 & 世田谷区委員会委員 
鈴木由紀子(8月24日発行 メールマガジン掲載)
 

 

不本意ながらわんぱく力士でした。

 運動が苦手で相撲などやったことのない私でしたが、当時父が現役メンバーだったので、わんぱく相撲世田谷区大会に出場しました。結果は当然1回戦負け、半泣きだったことを今でも覚えています。

 それから十数年後 2004年
家業の手伝いをすることになった時に、視野を広く持ち人間的な成長を望む父が入会を薦めてくれました。
今から5年前の1月 三軒茶屋キャロットタワースーツを着て真剣な顔した大人達が揃い、難しい言葉ばかりで何を言っているのだかわからない会議に新入会員候補として出席しました。頭が飽和状態になった後の賀詞交歓会では人の多さに驚き、華やかな世界があるものだなと興味が沸きギャップの面白さに惹かれました。
 それからあっという間に5年経ち、JC生活の折り返し時期にきました。
 仕事上では会えない業種の人達ともJC名刺のおかげでいろいろな人と出会い、政治や経済について勉強になったことがたくさんあります。特に世田谷区のメンバーは仕事で悩んだ時に助言してくれたり、共に事業を行い楽しい時間を過ごしてきました。入会当時教えていただいた「賄い道」は今やっとわかるようになった気がします。まだまだ未熟だと言われそうですが。。。

 今年は東京JCが還暦のお祝いの年です。
 去年から準備委員会で携わってきましたが、9月5日に李登輝氏を招くフォーラムのお手伝いをすることになりました。
 不況といわれているこの時代を切り開き、誇りと希望に満ちた社会に向けて日本の未来を考え行動する為のきっかけになればと思っています。

 記念すべきこの年にメンバーでいられたことに感謝しています。
 7年後、若人達に送られて無事に卒業する頃にはどんな時代になっているのか楽しみです。



(社)東京青年会議所 墨田区委員会 広報担当副委員長   
長谷川由美(8月18日発行 メールマガジン掲載)

 

【JCへの入会】

私が入会したキッカケは、とにかく何かを探して、いつでも何かを待っていた気がします。それでも見付からない、見付けられない‘何か’を模索し続けていました。
パズルの 『最後のピースが見つからない』 というように。いろんな趣味を初めてみましたが、全てピタリとは当てはまらず、もがいて もがいて・・・
そんな時、友人に声を掛けてもらいました。連れ出された先は、後にスポンサーとなって頂く歴代理事長の卒業式でした。
『(俺の)代わりにJC入れ』と声を掛けて頂き『はい!』と答えた私は、最後のピースがハマった!と感じました。その瞬間の感覚を、今もとても大事にしていま す。
だから青年会議所の一員となれて、墨田区委員会の一員となれて、すごくすごく嬉しいのです。バッジを着ける喜びと、バッジの重み。一人のJCマンとして、一人の人 として、継承していきたいです。
それがスポンサーの方々からの‘恩送り’だと思うのです。

(社)東京青年会議所 港区委員会委員 
秋澤マリー真澄(8月11日発行 メールマガジン掲載)

 

みなさん、こんにちは。 秋澤マリー真澄です。 私がJCに入会して約2年と8ヶ月が経とうとしています。そして今年2009年、あまりにも短い期間ではありましたが、おかげさまで無事、卒業することができます。
この約3年間、あっという間といえばあっという間でしたが、私にとって、かけがえのない30代最後を送れたのではないか?と最近、感じている次第です。思えば2006年、JCに入るきっかけは、もともと関西出身である私が、できる限りこの東京という地で生きていくと決めたのなら、地域で関わりを持つことができれば良いな・・・!そして、近くに住んでいらして、いざというときに信頼を持って接してくださる方々に巡り会うことができればな・・・!などと思っていたころでした。
そんな矢先、とある機会にJCのOBの方とお話をさせていただいていたところ、それなら、是非現役JCメンバー(涌井さん)を紹介しよう!ということで、早速行動に移してくださったのが私のJCライフの始まりでした。最初は、きっとJCという組織では、男性ばかりの環境なのだろうし、私はそのような場で何が言え、そして何が出来るのだろう?と戸惑いを感じていたのは事実です。しかし、いざ入会してみると、意外と女性メンバーも少なくはなく、同じような考え方や人生の目標を持った‘一生の友’と呼べるであろう、仲間達と次々と巡り会えることとなりました。親しくなった女友達との絆は、きっとこの先も、あらゆる状況の中で力強い助けになることは、間違いないでしょう。
また、JCの活動や、行事などに参加することはとても良い経験となり、この歳で申し上げることもなんですが、この先も、社会でやっていくための自信となったのではないか?と思っています。短い時間ではありましたが、JCメンバーと過ごした時間はとても貴重であり、よい思い出となりました。あ、とは言っても、今年、まだ何ヶ月かありますから、まだメンバーでお話をしていない方、そしてご一緒に活動をしていない方とは、ラストスパートでなんらかの形で関わっていきたく思っていますので、よろしくお願いしまーす。
また、私、卒業してからも、仕事では美容と健康の仕事をしています。卒業後は、ここぞ!とばかり、私、マリー秋沢(仕事上での名前です)生活習慣病予防士のプライドをかけまして、JCメンバー(メタボ予備軍)そしてJCOB(メタボ)の方々の、様々なご相談に乗らせていただきます。♪これは、JC卒業後、JCに関わるすべての方々への御礼の気持ちと、皆様が、健康でより良い人生を歩んでいけるために実は、私、使命感にかられているからでございます。そんな、こんなの意味でも、これからも是非、末永く、よろしくお願いいたします。♪

最後ですが、今思うことは、JCに入り、短い時間ではありましたが、職業や年齢関係なく、‘人として関わっていくことの大切さ’の重みを、しっかり肌で感じさせていただいたことに感謝。そして、この経験を糧に、いよいよ、2010年、人生後半のスタートを切ります。 ま、まずは、結婚、かな?(笑)


(社)東京青年会議所 60周年特別委員会副委員長&文京区委員会委員
中島 実佳(7月31日発行 メールマガジン掲載)

 

払った分だけ楽しまなきゃ損だ

鬱陶しい近所の目から解放されたい一心で地元を離れ、独り立ちを夢見た生意気な小娘は気合だけは天下一品。いざ知らない土地で仕事を始めるとなると、様々な問題が浮上してくるものです。印刷物はどこに頼む?事務所の什器は?不動産屋さんは?地元にいれば、ご近所さんが知恵を貸してくれるし、人も紹介してくれる。でも、ここでは何をするにもタウンページを開かなくちゃいけない。鬱陶しく思っていたご近所さんの有難みと知人のいない不便さをヒシヒシと感じていた私に「悔しかったらJCにでも入って勉強しろ!」と父に発破をかけられたのが、私とJCとの出逢いでした。

かれこれ14年前、25歳の冬のことです。
父親にバカにされたくない気持ちだけでJCの門を叩いた私は、神奈川の藤沢JCへの入会を決めました。社会経験もほとんどない上に小生意気に伸びきった天狗の鼻は、先輩メンバーの叱責に軽く圧し折られ、自尊心はボロボロ。雑巾掛けの毎日にうんざりしながら、「こんなところいつでも辞めてやる」と思っていました。そんな矢先に訪れた母の死。入会2年目のひよっこの私のために、全メンバーが集まって葬儀の手伝いをしてくれました。母の死も然る事ながら、彼らの心意気に触れ一晩中涙が止まりませんでした。「この人たちを裏切っちゃいけない。どんな形でも絶対に恩返しをしよう。」母の葬儀の日は、私がJC三信条である『修練、奉仕、友情』をこの身に感じた日でもありました。

そして7年後、家業を手伝うことをきっかけに東京に舞い戻ってきた私は育ててくれた藤沢を去り、東京JCに転LOMすることになりました。私にとってのJCライフ第2章のスタートです。東京はキャピタルLOMでもあり、同じJCでも勝手が大分違うだろうと緊張気味の私を温かく迎え入れてくれた東京。
新たな仲間と同じ目的のために夜を徹して議論し、その果て喧嘩までして得た成果は、かけがえのない友情であり、達成感であり、ひと回り大きくなった自分でもありました。
JCライフは全て順風満帆に過ごせるわけでもなく逃げ出したくなることも多くありましたが、年々そのハードルは低くなってきたような気がします。
仕事やプライベートの時間だけでは体験できない様々なチャンスから得たものが私自身を後押ししてくれているのでしょう。14年前の生意気な小娘も少しは賢い大人の女性に近づけたかな?評価の程は皆様にお任せするとして、常に成長し続ける気持ちを持たせてくれたJCは私にとって大切な宝物です。JCはやった分だけ、自分に返ってくる。18万円の授業料をドブに捨てるか、宝にするかは自分次第。待っていたって何も得られない。
取りにいかなきゃ、勿体ないわよ。
さてさて、そんな私の追憶とお節介はさておき、いよいよ残すところ1ヶ月に迫って参りました60周年記念式典。猛ダッシュのラストスパート。
万全を期して9月3日の誕生日を迎えたいところです。人の60歳と言えば、還暦の年。『還』と言う字は、元の場所に戻る、生まれ変わると言う意味を持っているそうです。今まで歩んできた60年を振り返り、今一度青年会議所運動の原点に立ち返る節目の年でもあります。この大きな局面に立会い、新しい時代の新しい青年会議所を感じることが出来る絶好のチャンスに、今私たちは立っています。戦後の焼け野原にから出たひとつの小さな芽が、60年の時を経て大木に育ちました。諸先輩方が大切に育ててきたこの大木の下、私たちはJC活動をさせていただいています。その枝の一本一本に多くの芽吹きがあり、葉を生い茂らせ花を咲かせ実りをもたらすためにも、一人ひとりのメンバーが気概をもって様々な問題に取り組む覚悟を持たなくてはなりません。昨今、巷に蔓延している成長することを諦める気運。ここにはそんなものを吹っ飛ばせる土壌があります。多くの可能性を秘めたこの場所で夢を語り、それを実現させる喜びを一人でも多くメンバーに分かち合ってもらいたい。やりたくたって40歳までしかできないのだから、JCライフは満喫しなくっちゃ損!

毛嫌いしていたスポ根みたいな青臭さ。私もすっかり染まってしまったようです。年取ったかな?!

(社)東京青年会議所 中央区委員会委員&(社)日本青年会議所 JCプライド実践グループ室幹事
成島 真紀(7月14日発行 メールマガジン掲載)

 

「JC」はずっと成長できる場所

私が東京JCに入会したのは2002年でした。この7年間には何ものにも変えられないたくさんの経験とかけがえのない多くの友人ができました。
これまでのJCライフは決して良いことばかりだけでなく、逃げたくなることも多々ありました。でも、一つ一つがとても大事な出来事です。
JCに入って本当に良かったと実感しています。フィールドの広さ、多くのネットワーク、決して自己満足で終わらせてはいけない・・・
など仕事をしていてもJCにいなければ考えられなかったアイデアや行動力を与えてくれます。
JCには自分を常に成長させてくれるものがたくさんあります。そのアプローチ法はたくさんあって、東京だけでなく、日本全国、世界各国の人たちとも触れ合うことができ、地域や国を超えて同世代で話し合い、一緒に取り組んでいくなどその可能性は無限です。
自分がどのように何の為にJCをやりたいのか?機会や選択肢が多くあります。今までのJC活動を通して一番変わったのは、政治や経済をはじめ、日本はこの先どうなるのか?私には何ができるのか?
と考え、行動するようになったことです。
先日、東京都議会議員選挙がありました。JC入会前は「政治」は遠い存在で私の生活には関係ないと思っていました。しかし、「政治」は私を取り巻く環境や生活に密着していることに気付き、しっかり考えるようになり、大きな視野で社会を見るようになりました。
引き出しもどんどん増え、JCだけに留まらず、仕事やJC以外の人間関係もさらに広がっています。私が一番JCに魅力を感じていることは、職業や立場の違う同世代が集まり、「今の社会を自分たちでも良くして暮らしやすい環境に変えていこう!」と同じ目的を共有し、時には夜を徹して真剣に話合い、互いの力を持ち寄り、実現に向け て進んでいくことです。
「仕事やプライベートもあるのによくJCやる余裕があるよね!」と言われることもありますが、ここでの時間は何ものにも変えられないものです。JC活動はプライスレスです!!!
一生懸命やればやるほど利害関係なく、純粋に無二の友人ができます。「信頼」を肌感覚で感じることができる場所がJCです。
これからも成長し続けるためにJCで色々なことを吸収しようと思っています。JCは40歳で卒業ですが、40歳になった時の自分を想像するととても楽しみです。
このような混迷した時代だからこそ夢を見る楽しさや人と触合うことの喜びを多くの人に実感してもらいたいと思います。
東京JCは楽しさや喜びを多くの人に与えることができ、その可能性を無限にするそんな魅力ある団体です。

(社)東京青年会議所 福祉政策委員会 総括幹事&渋谷地区委員会 委員
高田利映(7月3日発行 メールマガジン掲載)

 

2年前の夏。
ちょうど起業と時期を同じくして、ご縁があり私は東京青年会議所に入会致しました。
本年度は、地区に加え、福祉政策委員会で活動をさせて頂いています。これまで「福祉」というと、障害者や高齢者など特定の社会的弱者に対し手を差し伸べるというイメージがありましたが、本年度は福祉の持つ本来の意味である「幸せ・豊かさ」という部分をクローズアップし、「心の豊かさとは何か」について広い視野を持ち私たち皆が身近に感じられる取り組みを行っています。
4月には「社会に・会社に・従業員に・家庭に優しい」をテーマに「実践型勉強会」と題し、助成金に関する勉強会を開催致しました。参加して頂いた方からは、早速自社での活用を検討しているというお声も頂き、皆さんや皆さんの大切な人にとって何かを得る事が出来る機会となったのではないかと思っています。
現在は10月例会に向けて準備を進めていますが、毎回委員会やスタッフ会で委員長を始めメンバーの皆さんから伺う意見は斬新で大変刺激になります。
「福祉」と聞くとボランティア色が強く、ハードルが高く感じますが、決して特別な事をするのではなく、妊婦さん、怪我をしている方、子育てに関わるお父さん、お年寄り等、私たちの周りにいる他人をまず理解する事、それこそが「福祉」の本来の意味であり、私も活動を通して初めて気づかされる事、考えさせられる事が多々あります。
JCとは、ただ所属しているだけでなく、積極的に参加する事で得る物が多く、私もたくさんの経験と素敵な方たちとの出会いを頂きました。これまで与えて頂いた全ての機会とご縁に感謝をしています。
ところで私事ではありますが、今年の5月にJCメンバーと結婚を致しました。
JCが結んでくれた運命だね、と彼と話しています。
これからも仕事と家庭と両立し、様々なJC活動にチャレンジをしてみたいと思っています。

国際会議支援委員会(日本JC)&国際政策委員会&メディア戦略特別委員会&港区委員会
鈴木 由香利(6月18日発行 メールマガジン掲載)

 

青年会議所には、たくさんの可能性が秘めていると感じるこの頃。東京JCの事業に参画できるだけでなく、
希望すれば日本へ、世界へと活動範囲も広がります。
今年は、JC友人紹介のご縁で、日本青年会議所の委員会に出向させていただいております。
国際会議支援委員会という出向先では、日本各地から出向しているメンバーが一丸となり、JCI ASPAC長野大会を主に、日本で開催される国際会議への支援を行います。この半年準備してきたASPAC(国際青年会議所アジア太平洋エリア会議)が、6月初旬、30カ国から国内外あわせて9千名以上の参加者をお迎えし、長野の地にて開かれました。新型インフルエンザも心配された中、お天気にも恵まれ無事開催〜!
日程には式典、セミナー、アワード、そして長野といえば善光寺にて、海外の方をおもてなしする国際交流大茶会(東京JC茶道同好会も参加!)などぎっしりです。その中で開催国ならではのハイライトのひとつが「JAPAN NIGHT」。日本のファンになっていただこうとする祭典で、日本全国各地のJCから地元の特産物や文化をPRするブースが今年は近年最高の150以上からの出展です!長野オリンピックではスケート場になったMウェーブを会場に、私はステージの英語司会という大役を拝命したものの、直前まで変更・調整の連日。でも決して睡眠不足を顔に出してはいけない役目、それ以上に、この日のために企画を練り重ね、ブース出展誘致に全国各地を飛び回り、不眠不休で準備、裏舞台で頑張ってきた同委員会の仲間たちの想いを背中に感じていたら、プレッシャーもピークに!本番、盛大なパフォーマンスあり、各ブースで交流あり、各地の幟が一斉に上がりステージが人いっぱいになる大盛り上がりの時間ありで、国内外の多くの参加者から喜びの声をいただけました!
ほっ。一つのものを築き上げることの素晴らしさ、そして終わった後のメンバーたちとの達成感のわかちあいは、得がたい貴重な体験となりました。翌日のパーティでは、海外JCメンバーとの交流や再会、東京JC60周年記念式典にもお越しいただける約束も得られた嬉しい場面も。
まさに今年度ASPACスローガンの「Making Smiles, Cherishing Harmony」となりました。
こんな貴重な機会をいただき、感謝です!

(社)東京青年会議所 渉外特別委員会&経済政策委員会&港区委員会
(社)日本青年会議所 相澤副会頭補佐
似鳥陽子(6月5日発行 メールマガジン掲載)

 

 JCに入会してから1年半が経とうとしていますが、地域はもとより、日本各地とのつながりを深めることができるのがJCの醍醐味だなーと実感しています。

たとえば、私はJCのほかに、地域のコミュニケーション活性化のための「隣人祭り」というNPO活動に参加しているのですが、先日、中野区で行われました「わん ぱく相撲大会」とコラボレーションで同時開催しましたところ、ご自分の地域でも参考にしたいとなんと!糸魚川のJCの副理事長と委員長さんがはるばる視察に来てくださったんです。

糸魚川って、新潟と富山の県境ですよーっ。そんな遠方からわざわざ……ご自分の地域活性化への熱い想いをひしひし感じちゃいました。

しかもしかも、もみがら付きのコシヒカリがどーんと30kg送られてきたんです!
委員長さんのご親戚の田んぼで収穫されたものということでさすが米どころ・新潟!

このお米、どうしよう……と、中野区委員会の委員長と相談し、当日、ボランティアでご協力くださっていた相撲部屋に寄贈させていただきました。お米、いくらあって も良さそうですもんね。

こんなハッピーがいろいろ体験できちゃうのもJCのおもしろさのひとつですっ。