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山本 泰人 先輩 第三章 今振り返れば人生のターニングポイントになった出来事がありました。福祉委員会の事業の為にわざわざ山中湖まで足を運んで頂いたり、事業終了後に担当者一人ひとりに色々と指導して頂くような厳しく且つやさしい先輩だった、第32代理事長の勝亦さんという方がいらっしゃいました。
勝亦さんが理事長を終えた直後だったと思いますが、勝亦さんの心臓に動脈瘤ができ、その当時の医療を確信して摘出手術を決断されるのです。しかし残念ながら回復することなく若くして亡くなってしまったのです。医療は今程発達していませんでしたが気丈な方でしたので、ご自身やご家族、そして我々周囲の人間もまさか亡くなるとは思っていませんでした。相当ショックを受けたことを覚えています。40歳手前、将来を嘱望されていた方でした。日本JCの場でも主義主張のはっきりとした清廉潔白で孤高の指導者タイプの方でした。私も憧れていましたし、JCでの過ごし方も勝亦さんの影響を多く受けたと思います。もし今勝亦さんがいらっしゃったらこの混沌とする世の中のこと、JCのこと、あるいは業界のことを非常にシャープなものの言い方で斬って下さったんじゃないかなぁと思います。東京JCはそんな人間を輩出していたんだと、私は今でも誇りに思っています。自分自身が色々な局面に立たされたとき、勝亦さんならどのような判断をするだろうかと、生前の彼の言動から推測して、自分なりの考えに重ね合わせ決断したこともありました。
「JCらしさ」というものは、「清廉潔白」といった『青臭さ』じゃないでしょうか。
世の中というものは理想と現実が大きく乖離してしまう時が往々にしてあります。世間では、「少子高齢化」が叫ばれていたり、今だと「拉致被害者の問題」や「社会保険の門題」等々早急に対処をしなくてはいけない事がある中で、大上段に構え「今、日本はどうあるべきか」とか「日本人の誇りとは何か」などの、大切ではあるけれども理念的な事を問い続けている団体はあまりないと思うのす。「言っても仕方ない」といった気運もありますし・・・。でもJCはそれを問う団体なんです。とてもすばらしいことなのです。なぜならば普通に仕事して生きていく中で、そのようなことを考えたり話し合ったりする機会はまずないからです。「色々と考えてみる」「意見を言ってみる」「そのようなことを仲間と語り合ってみる」ということは、将来自分の物の見方を養うという意味で非常に有効なことなのだと思います。
勝亦さんが亡くなった直後の頃、JCで迷った時には心の中で勝亦さんに相談していました。同時に「もうあの先輩はいないんだ」「自分でなんとかしなければ」と決意を新たにしたものです。
山本 泰人
(やまもと やすひと)
主なJC歴
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