理事長対談

2月例会に先立ち、SBI大学院大学 学長、SBIホールディングス(株)CEO 北尾吉孝氏に、経営における道徳についてお話頂きました。

理事長対談
栂野理事長

どうぞよろしくお願いします。北尾先生は、49歳で「インターネットサービスの提供」と「被虐待児への支援」という2つのことが自分の天命と知った、とのことですが、なぜそこまでの49年のプロセスの中でこの2つを思いついたのでしょうか?

北尾氏

思いついたというより、何のために生まれてきたのか、何をしなければいけないのかを考え続けて模索していたところ、たまたま私は中国古典を中心とする人間学を比較的若いころから学んでいたので、49歳のときに私の天命というのはこういうことかな、と漠然と浮かんできて、これが天命であるかどうかはわからないけれども、天命であると割り切って、その2つのことに全力投球をしている、と、そういうことです。漠然と生きるのでは無しに、天命を探そうとした結果、孔子よりも1歳若くして、天命と思えることに、努力する対象が見つかった、ということなんでしょうね。

栂野理事長

ではパッと思いついたというより、自分の中で「この道で行こう」と決めたということなのですね。

北尾氏

私は野村證券で21年間を過ごし、それから全く業界の異なるソフトバンクに移りました。その後、インターネット事業で色々と手掛けてきたソフトバンクが体制として持株会社制に移行したことを受けて、金融部門を私が任され、1999年に設立したのがソフトバンク・ファイナンスという会社です。これまで、インターネットの爆発的な価格破壊力を利用し、既存の金融の世界に様々な変革をもたらそうとインターネット金融に関わる各事業に全力投球してきました。一方で、被虐待児のことを知り、いくつかの施設に訪問するようになって、本来一番愛してくれるべき親から虐待を受ける、こんな悲劇があるのかと思い、自分にできることをなんとかおこなっていきたい、と思うようになりました。
この世に生まれた以上、何らかの形で社会に貢献する、ということが私は非常に大事なことだと思います。会社や事業を通じて間接的な社会貢献活動に携わることはもちろんですが、直接的な社会貢献活動もまた、人はこの世に生まれた1つの証として全力投球してやっていくべきだと思います。これは、歳をとってからではなく、事業も忙しいけれども、いろんな活動ができる若いときにやらないといけないと思います。

栂野理事長

北尾先生の「親からの教え」は、先生のお考えに、どのような影響があったのでしょうか?

北尾氏

父からは中国古典の影響を受けました。中国古典は私を人間的に修養させ、私の精神の糧となりました。一方、母からは深い愛情を受けて育ててもらったので、逆に愛情を受けられない人はどれだけかわいそうだろうか、とそう思うようになりました。

栂野理事長

青年会議所も中小企業の経営者が多く、利益を追求しなければいけないけれども、社会的に悪いことをやってまで稼いじゃいけない、そんな中で、経営における道徳心みたいなものとは何なのだろうか、と我々も自問自答しています。先生の目から見て、社会貢献の1つである事業、この経営というものにおいて、日本人に欠けているものがあるとすると、それは何でしょうか。

北尾氏

対談風景『菜根譚』という中国古典に「事業の基は徳なり」という言葉があります。徳の無い事業は一時的に成功するように見えるかもしれないけれども、永続的に成功するためには「徳」に基づいた事業でなければいけない。経営者が徳を持っていなければ、良い人材も集まってこないでしょうし、事業としても成功しないのです。
三国志の劉備玄徳は、あまり才能がある男では無く戦争の勝率も2割くらいだったけれど、孔明だって厖統だって関羽、張飛だって、劉備玄徳の持っている徳性が故に、みんな彼のところに集まっていくでしょう。ただ、才能は(劉備玄徳と対立する)曹操のほうがはるかにあるんです。だけどやはり一人で事業というのはできない。人間的魅力によっていろいろな才能を持った人を魅きつけて、そして一つの事業を成し遂げていくのです。だから事業と経営者に徳が無いと、結局成功しません。
日本は戦後、身を修める学(=人間学)というものが欠落してしまいました。マッカーサーが日本の国の強さの源泉である精神性を破壊しないといけないと考えて、儒教、仏教、神道、そして武士道を全部破壊したんです。だから戦後の教育では全くそういうことを教えていない。英国数社理の点数を取れば先生が誉め、親も誉める。人に親切にするとか、あるいは社会の為に何か行動するとか、嘘をつかないとか、そういう徳目に対して親が誉めるとか先生が評価するということが無い。そうなると現代のような、利益だけ出せばいい、というような考えにつながっていくんです。日本の戦後教育は「徳」というものを教えてこなかったのです。この間、ある年輩の方が戦後長い間日本は教育の場で「道徳」という言葉を使うことすら許されなかったという話をされていました。それが実態なのだと思います。
そのため「徳」という意識が若い経営者に欠落している。自分さえ良ければいいといった私利私欲の考えや、社会に公害問題を起こそうとも利益さえ入ればいいとう考えが蔓延し、中国のメラミン事件のような卑劣なことが現実に起こってしまうわけです。日本でも生産地をごまかす、賞味期限をごまかす、このようなことが、本当にあの店が?というところで行われていたわけでしょう。それがまさに人間の私利私欲というものなのです。

栂野理事長

私どもは青年会議所の運動で、まずは社会貢献、そしてその先には自分達の修練にもなるんだ、という気持ちを持っています。先生の言う「徳」というものを、20代、30代の人間がもっともっと身につけていこうと思うとき、先生の著書を読むと、中国古典を読んで、自分ができているかどうか何度も反省しましょう、ということが書いてあります。どのようにして徳というものをもっと身につけて先生のおっしゃる「君子」というものを目指していけば良いのでしょうか?

北尾氏

一番良いのは私淑できるような立派な人を見つけて、その人の謦咳に接するということでしょう。たとえばいま安岡正篤先生が生きておられたら、私はぜひ謦咳に接したいと思います。しかしもう亡くなられているので仕方ない、だから書物を読むわけです。
精神にも栄養が必要なんですね。そこで古典を読むのです。古典というのが、何千年の時を経て、多くの人のふるいにかかってもなおかつ生き残っているのはそこに真理がある、ということなのだと思います。2千数百年前と何も変わっていない。だからそれを読むことが人間的修養になると。しかし、それを実践していかないと一つの知識で終わってしまいます。知識を、実行力を伴ったものに高めていかなければいけないのです。

栂野理事長

少し経営スタイルが最近になって変わってきて、アメリカのように、四半期ごとにステークホルダーに利益を還元しなければいけないんだ、というように、この数十年は利益偏重型を良しとしてきました。そのしわ寄せが今回のサブプライムローン問題なのではないか、という気がします。大昔ではない過去の日本の経営というものに対して、そこにショックを受けるべき点が多々あったのか、もしくはそうではなくてもっともっと道徳心を磨いた経営スタイルが良かったのか。アメリカのMBA型経営経済に比べて日本というか世界全体であるべき経営経済について先生はどうお考えでしょうか。

北尾氏

日本の企業は80年代まではいわゆる“日本的経営”が行われていたと思います。それが90年代に入って変わったのです。「失われた10年」と言われ、バブルが崩壊して、日本経済は先進諸国で戦後経験したことの無いようなデフレを経験しました。80年代というのは日本が世界の最優等生だった頃です。それがバブルが崩壊する中で、日本的経営というものにバツがついた。昔は三種の神器といって、終身雇用、企業別の組合、年功序列、こういうことで日本的経営と言われていたのですね。これが90年に入って企業がどんどん倒産し、拠り所が無くなった日本は、それをアメリカに頼る。そしてアメリカ型のコーポレートガバナンスということが言われるようになったのです。それはなにかというと、利益がそして株主が何より大切なんだ、という企業観です。したがって90年代に入って、そういったアメリカ型の企業観が日本にも浸透するようになりました。
80年代以前の日本の企業観は、たとえば松下幸之助さんに代表されるような考え方です。74年に松下さんが上梓された「企業の社会的責任とは何か」という小冊子の中には、現代言われているCSRのような概念のことが全て書かれていました。松下さんは当時からそういうことを言っておられたすばらしい方だと思います。ですから日本の経営においては、たとえば渋沢栄一翁もあの明治の資本主義の勃興期の中で資本主義における商業道徳を鼓舞された、そういうものが伝統的に受け継がれてきていたんです。しかし、90年代に入ってアメリカ型の企業観によっておかしくなってしまったように思います。

栂野理事長

まさにバブルのときに、どうしても人間だから利益を追っちゃって、というところがそういうことにつながったということなのでしょうか。では次に、先生のされていらっしゃる社会貢献事業をもう少し詳しくお話いただけますか?

北尾氏

そこまではいいんだけど、バブルが破裂していないところは余計に悪くなったと思いますね。

栂野理事長

先生のされていらっしゃる社会貢献事業をもう少し詳しくお話いただけますか?

北尾氏

SBIグループでは、財団法人SBI子ども希望財団を立ち上げてその活動を支えています。この財団の大きな仕事は4つあり、1つ目は、被虐待児童入所施設の環境向上・改善のために施設に対して寄付を行うこと。2つ目は、関東・関西の2カ所で実施しているのですが、施設で働く人々の研修を行うこと。3つ目は施設に入所している児童の自立支援、これはとても大事なんです。4つ目はオレンジリボンキャンペーン。児童虐待防止の社会的啓発運動です。
あとは私自身の個人的な取り組みですが、慈徳院という社会福祉法人があります。私自身理事長を務め、活動しているのですが、埼玉県に「こどもの心のケアハウス嵐山学園」(情緒障害児短期治療施設)を設立しました。これは、虐待を受けて一時的に精神にダメージを受けた児童を治療するための施設です。

栂野理事長

オレンジリボンは持丸(理事)が一生懸命やっていて、去年のクリスマスにメンバーから募金を募って風船をたくさん作ってクラウンと一緒に施設訪問をしました。社会貢献として何が学べるの?ということにおいて、親がいるにもかかわらず集団生活を現代の日本で強いられている彼らを見ていると自分たちの心があらわれたりしてですね。クリスマスに自分の子どもを放って施設に行ったのですが、帰って自分の子どもたちにより優しく接することができました。本当に学ぶことはいっぱいあるな、と思うのですが、最後の質問は、社会貢献を何故していくかという問題と、そこから我々は何を学んでいけば良いのか、ということを教えていただけますか?

北尾氏

ハーバードのマイケルEポーター教授は、社会貢献は戦略的投資である、という理論を述べています。私もまさにその通りだと思います。日本もこれからは、企業の社会的責任ということを認識している企業を一般の消費者や投資家が評価していく、という時代に入っていくと思います。公害問題を抱えているような会社のものは買わないといった運動が起こるでしょうし、消費者が様々なサービス・商品を評価するコンシューマーレポートもさまざまなものが出されています。したがってそういうことを意識しない企業は消費者や投資家から見放されますよ、と、こういうことになるわけです。
また、子どもたちに焦点をあてると、子どもたちというのは将来の大事な社会を支えていく財産ですから、子どもたちがあたたかく正しく成長できるような事業に貢献していく、ということは、ある意味での戦略的投資になるわけです。当然、企業は社会の中でのみ生きられる存在なのですから、社会に何らかの寄与をしていくというのは当たり前という意識でやっていかなければいけないと思います。

栂野理事長

「会社は社会の公器」、CSRという言葉にしなくても、日本では昔から言われていることで、そういう意味では、事業を通じて社会貢献をしていくことも直接的にそういった関連団体を設立して社会貢献をしていくことも、まずは一緒のことだ、ということなのですね。どうもありがとうございました。

北尾 吉孝氏と栂野 慶太理事長

SBI大学院大学 学長

北尾 吉孝氏

■ 1951年 兵庫生まれ
■ 74年、慶應義塾大学経済学部卒業。同年、野村證券入社。
■ 78年、英国ケンブリッジ大学経済学部卒業。
■ 89年ワッサースタイン・ペレラ・インターナショナル社(ロンドン)常務取締役。
■ 91年、野村企業情報取締役
■ 92年、野村證券事業法人三部長。
■ 95年、孫正義氏の招聘によりソフトバンク入社、常務取締役に就任。現在、ベンチャーキャピタルのSBIインベストメント、オンライン総合証券のSBI証券、インターネット専業銀行の住信SBIネット銀行、ネット損保のSBI損保、ネット生保のSBIアクサ生命等の革新的な事業会社を傘下に有し、金融、不動産、生活関連サービス などの事業を幅広く展開する総合企業グループ、SBIホールディングス代表取締役執行役員CEO。 SBI大学院大学 学長。

社団法人東京青年会議所

第60代理事長 栂野 慶太

■ 1996年 日本貿易振興会(現 独立行政法人日本貿易振興機構(JETRO))入会 ニューヨーク事務所勤務
■ 1999年 エヌエスティ株式会社入社 代表取締役に就任
■ 2001年、東京JC入会。


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