理事長対談

理事長対談

2009年9月5日 新日本創生フォーラムにて
李登輝氏
栂野慶太(社団法人東京青年会議所第60代理事長)

栂野理事長

本日は、日本の若い人たちが、どのようなリーダーシップを持って進んで行かなければいけないのかについて、李登輝先生にお伺いしたいと思います。
最初の質問です。李登輝先生は、戦後すぐ、いろいろな日本の若い人たちと議論をされたとのことですが、その当時の印象と、今との違いを教えていただけますでしょうか。

李登輝先生

戦後、広島・長崎というところに行く車中で、いろいろな若者と、これからの日本をどうするか、というような議論をしました。次に池田内閣の頃に日本に来たとき、日本は大変頑張って経済成長したな、という印象を持ちました。そのときの日本人は、大変に勤勉で、学ぶべきものをたくさん見て帰りました。しかし、戦後、たくさんのことを犠牲にしてきたことは間違いありません。アメリカによる憲法により、日本が自分なりの考え方でやっていくことができなくなってしまった状態が64年も経過してしまいました。日本の企業は、技術については世界には劣りませんが、これを基礎にして人材を創り上げることができていません。
このままでは、日本はいままで努力して創り上げた強い経済力を、いかにして発展させていくか、気づかないのでは、と思います。
日本で一番困難な問題は、国内需要の不足です。この問題の解決には、諸外国との外交関係も含め、総理大臣がリーダーシップをもっと発揮しなければいけないのではないか、と、外の友達である私から見て気になっています。

栂野理事長

先生は、貯金をもっと使って、経済を流動化させなければいけない、また外交は、相手の意見を尊重するだけではいけない、と仰っていました。
伝統と革新は相反するものではなく、伝統があって、その上に革新がある、ということだと思いますが、これは、日本の伝統である貯金や相手の意見を尊重することが、世界の常識があわなくなってしまった部分が多くある、ということなのでしょうか。

李登輝先生

日本は、外国の文化を取り入れつつ、日本文化の伝統を長い間維持してきました。大化の改新においても明治維新においても外国文化を融合させ昇華させてきました。しかし、戦後の変化は押しつけられたもので、日本の伝統を大事にしたとは思いません。世界がアメリカ1国の支配から離れつつある今、日本がどうすべきか問われていると思います。

栂野理事長

人から受けたものであるために、スタートが狂っているということですね。日本人は他文化を受け入れて融合させることには長けていると思います。しかしながら、今回のように時代の局面がゆっくりとしたカーブのとき、物を変えるというのは苦手な民族なのではないかと思います。
話は変わりますが、先生が京都大学で勉強されていたとき、学徒動員の配属希望で、歩兵を希望されたと伺っています。今の若い人たちは、なぜわざわざ歩兵という大変なところを希望されたのか不思議に感じると思います。先生が当時受けた教育と、日本の教育を受けた人が得ていた精神性は、どのようなものであったか、教えていただけますか。

李登輝先生

台湾でNHKなど日本のテレビを見ていると、最近日本では、塾に入って座禅を組み、滝に打たれて、ということが多くなってきているようです。これは私たちが若い頃にあったような状態なのです。これをもう少し広めていく必要があると思います。人間は理屈で生きるのではなく行動で生きるのです。
科学から来る情熱は大事ではあるけれども、これだけでは不足しています。物質的関係だけではなく精神的関係が大事です。これは日本人にしかない大事な考え方だと思いますし、今の日本はその方向に戻るよう努力していると思います。
私がなぜ歩兵を志願したかというと、歩兵になると一番きつい。歩かなければいけないし戦場で死に立ち向かう。だからあえてこの苦しい仕事をやり、この世の中のため、国のため、公のために何かをやろう、と考えたからです。自分が受けた教育とはそのようなものでした。

栂野理事長

日本人は、スポーツにしても書道にしても、最後に技術ではなく、心、に最後の終着点を見出すことがあります。しかし残念ながら、戦前に比べて戦後の私たちは、そういう、心と身体のバランスがとれていないのではないか、と私共は感じています。これは教育などいろいろな社会背景があると思いますが、どうやって心と身体のバランスを鍛えていけば良いのでしょうか。

李登輝先生

科学がこれだけ発展した今の社会において、満足されない空虚な心の人が多いです。心の中で考えていることが発揮できないという立場にあるからです。
現代の科学的な考え方だけでは、モノとモノの関係しかわかりません。心とモノの関係、心と心の関係はわからないのです。戦後の教育が、科学的な考え方を重要とするように変化してしまったため、若者が空虚な状態になり、自殺する人が増えたのだと思います。
国のアイデンティティは、個人のことを考えなければだめだと思います。教育をどう改めていくか。アメリカが入ってきたからアメリカ的教育でいいかどうか、という問題があります。

栂野理事長

日本は非常に不思議な状態です。李登輝先生の世代、私の祖父の時代に本当に頑張ってくれて、飢えることがなくなってきましたが、毎年3万人くらいの人が自殺してしまっているという悲しい現実が、この日本にはあります。
先生のお話を聞くと、モノが食べられれば満足かというと決してそういうことはなくて、おなかいっぱいになるだけではなく、何か心に充足感が無ければ社会は成り立たないのだろうな、ということがよくわかりました。
ここで方向を変えます。行きづまった社会、良くも悪くも成熟した社会である日本において、私たち1人1人が国を担うとき、1人1人が社会的な正義感を持つことが大事だと考えますが、先生の考える公義について、また先生の社会的な正義感はどのようにして芽生えてきたのか、について、伺いたいと思います。

李登輝先生

国を背負っていくリーダーが社会的な正義感を持つことが大事です。そうすれば国民がついてくると思います。
私が考えるに、昔の中国皇帝は「私は一人だ」と言っていて、一人でどのようなことをしても良い、という考え方でしたが、今はこれではダメだと思います。指導者は自分以外に絶対的な存在を認め、この存在が公義の精神を発揮するよう言っている、と考えるべきです。日本人には非常にわかりやすいことだと思います。
これは教育によって指向されるものです。この世の中において指導者になりたい人はたくさんおります。指導者が出るというのは家族から部落から社会から国家とすすんでいきます。いつも指導者が必要です。立派な指導者が出れば、家も部落も社会も国も栄えるのです。指導者になりたい人は非常に多いですが指導者になれる人は少なく、成功した人はさらに少ないです。
坂本龍馬を引用した理由は、維新時代の立派な指導者の中でも一番功労があった人なのに、長い間忘れられてしまっているからです。稀なる人間が、指導者として引っ張る社会をつくらなければいけないです。今の日本では、指導者を創り上げていくシステムをどういうふうにやっていくかを考えなければいけないと思います。

栂野理事長

いまの日本では、個人の権利、個人主義を大事にする風潮があります。アメリカのように個人は尊重されるべきと私は思いますが、個人の権利と公義は社会の中でどのように両立したら良いのでしょうか。

李登輝先生

リーダーが立って、国の将来進むべき方向を示し、人民が団結することが大事です。個人の主体性を持つと同時に国の主体性が大事です。個人主義も、ただの個人主義ではなく主体性を持つことが必要なのです。
世界が変化する中で、日本は、日本なりの考え方をもって進めなければならないと思います。リーマンショックがあっても日本の企業は大丈夫だ、技術で困ることはない、と思いますが、これを、どのような方向に持って行くのかが大事です。

栂野理事長

アジアの人たちがもっと世界に出て行って、1つの地球だという感覚が大事だと思います。日本は、明治維新、敗戦を経験し、奇跡的な経済復興を成し遂げてきました。自分たちがいざ命の心配がなくなり、経済的に満たされていくといろいろな文化が無くなり、環境が破壊され、教育が変わってきました。
私が思うのは、本当に行き詰まってきた日本は、歴史上始めて、他国に習うのではなく自分たちで考えなければならない時期なのだと思います。自らが開拓していかなければいけない日本人はどうあるべきだと先生はお考えですか?

李登輝先生

1人1人が、私は誰だ、ということから出発するべきとは思います。これは、主体性を確立しながら、日本がどうあるべきか、そして自分が日本に対して何をすべきか、ということを考えることです。ただ経済だけではなく、日本がどういう方向に進むべきか、こういうところから1人1人が考え直すべきではないでしょうか。

栂野理事長

これは先生が台湾で行われた「アイデンティティの確立」ということでしょうか。

李登輝先生

アイデンティティもその1つですが、大事なことは、アイデンティティの中に何か目標を1つ置かなければならないということです。全員が1つの目標を持って、主体性のある国民生活をするべきです。そのためには政治的にも主体性を持つことが大事だと思います。

栂野理事長

国際社会における主体性というのは日本人の誰にとっても必要だということがわかりました。最後に、ぜひ30代を中心としたこれからの時代を担う若者にメッセージをお願いします。

李登輝先生

JCの中から、新しい方向に持って行けるような人が出るようにお願いしたいと思います。今日は招待して頂きありがとうございました。

栂野理事長

長い時間ありがとうございました。

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