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東日本大震災支援活動

「石巻市被災地支援活動」のご報告

第14回国際フットサル港区委員会
実行委員長 行木 隆

2011年4月9日(日)、第14回港区国際フットサル大会が行われる予定でしたが、3月11日に起こった東日本大震災の影響により、中止となってしまいました。港区小中学生サッカークラブ連合会、港区および港区教育委員会、財団法人港区スポーツふれあい文化健康財団、国立大学法人海洋大学、その他の大会準備にご協力いただきました皆様におかれましては、ご協力に御礼申し上げるとともに、中止により御迷惑をおかけしましたこと深くお詫び申し上げます。

第14回国際フットサル実行委員会の一員である社団法人東京青年会議所港区委員会では、大会の中止が決定してからすぐに、「被災地で頑張っている方々がいる中、ただ単に大会中止でよいのか」、「皆子供達の為にこの日を使おうと考えていたのだから、この日に他に何かできないのか」、「被災地の方々に何かできないのか」などとメンバーから声があがり、何を行うべきかの議論を行いました。
被災地で起こっている現状を実際の目で見て、感じて、被災者の為に活動するために東京青年会議所で行っている復興支援活動の一つであった宮城県石巻を中心とした上下水道も回復していない地域で在宅避難をされている被災者の方への救援物資配布活動に参加しようということになりました。

本報告書では、我々港区委員会が石巻で活動してきた下記内容にてご報告いたします。
雨の石巻で活動開始
9日朝8:00に石巻の日和山神社で東京青年会議所メンバーと合流する為、8日夜から車で向かいました。
日和山に向う中、高速道路のひび割れ、屋根瓦が落ちている民家、ところどころに見えるありえない形で田んぼ跡にある車、石巻に近づくにつれて徐々に震災の被害の大きさを感じていきました。
石巻の中心街に入っていくと、さらにその被害の大きさを感じる光景が次々と目に入ってきました。

その光景に余計なことは一切考えられず、「何でこんなことに」、「皆、大丈夫だろうか、無事だろうか」とただただ思うことしかできませんでした。
そして、集合場所の高台にある日和山神社に到着し、車を降りて高台からみた石巻の光景に愕然としました。
この世とは思えない光景でした。とてつもない悲しさが襲ってきました。

暫く呆然としていましたが、現地で頑張っているメンバー、日和神社の方々と合流し、現状についてのお話とこれからどうしていきたいか、どうしていくかのお話を聞き、我々でできることを精一杯頑張ろうと思いました。

実際の活動は、救援物資を積んだトラックで、十分な配給がされていないであろう地域を回り、配布できる場所を見つけ、住民に直接声をかけ集まってもらい配布するというものでした。

9日は、雨がふっており住民とコンタクトをとるのが難しかったのですが、自衛隊が配給する場所があり、その場所で住民と話をすることができました。そのエリアでは、物資がまだ十分にいきわたっていないということであったので、自衛隊と一緒に配布することになりました。
4tトラック一杯に積まれた食パン、カップめん、お米、水、ジュース、レトルト、おむつ、スコップ、軍手、モップ等様々なものを配布しました。
配布完了後、自衛隊キャンプ地へ行き、空になったトラックに再度物資を積み込み、雨が降っていたこともあり、この日はこれで終了しました。

仙台で反省会
9日の活動が終了し、東京青年会議所が利用している宿泊所がある仙台に戻りました。
仙台のホテルでは、まだお湯がでませんでした。雨にぬれ、汗をかいていたこともあり体を洗いたかったので、数店開いていた銭湯にいきました。

銭湯は大勢の人たちが来ていて整理券を渡して順番に入るほど混んでいました。
私たちも整理券をもらって入り、体を洗うことができました。体を洗えることにこんなに感謝する気持ちになったことはありませんでした。
皆で、食事をとりながら初めて見た恐ろしい被災地の光景、その中で頑張っている被災者の方々について話をしながら、9日に行った活動について反省をし、私たちができることについて話し合いました。
反省をもとに活動再開
10日は晴れ。仙台を6時出発。8時に石巻に到着しました。

この日は、物資配布と炊き出し「築地場外」のサポートの2班に分かれました。
物資配布は、トラックが前日より1台増え、2台で動きました。前日同様、配布場所探しから入りましたが、前日の反省にでた「もっと住民と触れ合い情報を得よう」、「ひとつでも多くの物資を届けよう」を実践しようと、様々な方々と触れ合い情報を得て、物資配布をすることになりました。 最初は、自宅で事業を営んでいた方にお話をさせていただき、自宅前広場をお借りし、近くの住民に声をかけてもらい住民にも配布を行っていただきました。その間、車で別の住民に声をかけるべく、建築関係の会社で片づけをしていた方に人がいるところを訪ね、教えてもらったエリアで住民を探し、声をかけていきました。すると、配布場所として集会場を教えていただき、町内の方々に声をかけていただき、4tトラック2台分を配布することができました。続いて、避難所にも行き、本部の方、議員の方、自衛隊の方々に声をかけ情報を集めたり、ヤマト運輸のドライバーや家の片づけをしている方々に話をしているうちに町会長にお会いすることができ、今度は時間を決めて、その時間までに住民に声掛けをしてくれるということで、こちらでも4tトラック1台分の物資を配布することができました

配布中なのに、住民の方が物資をもらう手を止めて、ただ立っている方がいました。どうかされましたか?と声をかけて近寄ってみたところ、寄付されたものに手紙がはいっていたらしく、その手紙を読んでいました。手紙から目を離さずに「感謝しなくちゃね。本当にありがたいね。」とおっしゃって、しばらくじっとその手紙を見ていました。何故だか涙がこみ上げてきました。
活動を終え、皆、これからも被災された方々の為に各々が継続的に活動をする必要があると話し合いました。

震災からの学び
今回の活動から多くのことを学びました。
一番は、人と人との繋がりです。
人の為に人が考え、行動し、それを受けて人が何かを感じ、また考え、行動する。そこには利害関係のない思いやりの心があります。
この震災から今一番重要なことは、やはり日本が一つになることなんだろうと感じました。
そのために1人1人が、各々でしかできないこと、各々がしたほうがよいものを自覚し、行動することが重要だと思いました。
今後も各々が日本の為、被災地の方々の為活動をしていければと思います。