| 『東京老人革命』 河上 和雄 氏 講演会より抜粋 |
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老人にとって必要不可欠なものは、「キョウヨウがある」ということ。 これはカルチャーと理解されたと思いますが、実は「きょう、用がある」です。 社会からも家族からも相手にされない。スケジュールは何もないではしょうがない。 老人に限らず、人間にとって生きていく上で必要だと思われるものは、まず仕事があります。 専業主婦であったって、仕事は仕事です。 ところが、年をとると、現在の我が国では、普通55歳ぐらいから会社を出されてしまいます。 毎日ゴルフして、旅行してというのは、日本人に向くと思えない。 日本人はいつもカッカカッカとして仕事をする、あるいは人間関係の中でもって 生きていかないと駄目なところがあるんじゃないかと思うんです。 仕事を取り上げられた人間はどうするのか。高齢化社会ということになると、 すぐ、老人福祉という話が出てくるわけです。ところが、65歳以上が高齢者と言われるわけですが、 7割以上の人間は、頭は多少ぼけてくるでしょう、体も多少は敏速さを欠いてきているかもしれませんが、 通常の生活を送ることができる。その人間について、我が国の社会政策は何も考えてないんです。 人間は、誰かに頼られている、誰かが自分を必要としている、仕事を通じて社会に役に立っている、 周りの人間に役に立っているという気持ち、心の張りあって初めて生きていくことができると思います。 自分を必要とする社会、例えばボランティア活動、老人会とか婦人会とかいったところで 地域の人々の面倒を見るという形で、本来の仕事にかわるものを、 健康な老人のために作り上げなければいかんのです。 年をとってきて仕事がなくなる、家族もどうもうまくいかない、趣味も何もない、 でも生きていかなければいかん。社会が自分を必要としているんだという気持ちを持つ、 それがあって初めて老人として生きていく力が沸いてくるのです。 その生きていく力が沸いていく中で、老人にとって一番必要なのは、最終的にはお金なんです。 お金の使い方、お金を使う相手は必要ですが、お金を持っているからということで、 若い人は老人を大切にする。そして、大切にするということは、老人の意識の中で、 自分というものはそれだけ人から必要と思われているんだ、ということになるんだと思います。 実際問題として、年寄りというのは非常に寂しいもんです。 しかし、その年寄りがこれからどんどん増えていきます。 それに反比例して、若い人の数がどんどん減ってきています。 この段階でもって、外国人労働者を入れなければやっていけません。 しかし、外国人労働者を入れればいいと思うのは大間違いです。 母国の環境と家庭の環境は全く違います。文化的衝突がある、いじめられる、差別される。 結局、犯罪を侵す以外にないんです。 どうすればいいか。健常な老人を使うのが、我が国の人口問題あるいは我が国の産業構造の上でもって、 一番的確だと思います。肉体的な能力、頭脳の閃き、勘といったものは衰えてきているかもしれないが、 それにかわる経験あるいは知識といったものはないわけじゃない。これは一石三鳥になるんです。 老人の生きがいにもなる、同時に不足する労働力を補うこともできるのです。 ところが、我が国の福祉政策は縦の福祉ばかり考えているんです。 あるいは、縦社会の中での老人の扱いということしか考えられていない。 縦社会の中に老人を置けば、老人というのは威張ります。 縦社会の中で実際に自分自身を冷静に見つめることのできない老人を威張らせていたら、 これは日本は衰退に向かうだけなんです。だから、縦社会の中で老人を使うことを考えずに、 縦から横への変化ということを考える必要があります。 組織の中の上層部に老人を置くということではなくて、組織を横に横に広げていって、 その組織の中に少しずつ老人を配置することを考えなければいけないんじゃないか。 そういうことがあって初めて老人の力ということを生かすこともできるだろうし、 老人に生きがいを与えることができると考えます。ボランティア活動というかNPOが、 横の組織として老人のためになるような「きょうの用事を与える、スケジュールを与える」ということは、 大変素晴らしいことだと思います。 私自身は、年をとってきて、こういう生き方をすればいいなと思っております。 司馬遷の史記に出てくる話ですが、晏子という人が管仲という人に 「年をとってどういうふうにすればいいんですか」と聞いたことに対して、 管仲答えて曰く「年をとったら欲しいままに生きるんだな、それが一番だよ」と言っているようです。 |
| 河上 |
せっかくの機会ですので、高齢化社会について皆さんはどうお考えになるのか、 あるいは、私はこう思うというようなご意見なりご質問があれば、お聞きしたいと思います。 |
| 塩澤 理事長 |
昨年までは、85歳の方が給料はゼロ、交通費も要らないと言われて、 毎日会社に机があるだけでいいから来させてくださいということで働いていただいていました。 国がやる政策も当然必要ですが、企業経営者としてそういう職場をつくる努力も必要なんだ ということを感じました。また、私が住んでいるところで、 お亡くなりになられて3日ぐらいわからなかったということがありまして、 社会の仕組み自体が何らか違うんではないか。 一人暮らし老人を含めた社会の仕組みに関して、ご意見をいただければと思います。 |
| 河上 |
現在の日本は、どちらかといえば縦社会で、横のつながりは非常に薄い社会なわけです。 高齢化が進まなければそれでよかったのかもしれない。 国全体として高齢化がこれだけ進んでいる社会は、恐らく今の日本が初めて経験するものです。 そのために、いわば手探りでその高齢化社会に対応しなければいけません。 そうすると、まず目につくのが弱い老人、あるいはうまく社会に適応できない老人のほうばかりに 社会政策がいってしまいます。実際に健康でもって働けるが、縦社会の中ですから、 年をとるといつまでも年寄りがいては邪魔だということで追い出される。 そうすると、仕事がない。縦社会の中ですから横のつながりはない、 地域社会はほぼ崩壊したと言っていいくらいなくなっている。今の高齢化社会の中でもって、 横のつながりの中で老人の智恵、知識、経験を使わなければいかんと気がついて、 それをやらなければならない。そして、政治がそこに率先してやらなければいけないのかもしれないが、 政治はそんなことを考えてもいない。 となれば、青年会議所なりボランティア団体、そこに気がついた団体が、 横のつながりの中に老人の力を使っていこうということを考えなければいけないんじゃないか。 80歳になって給料はただでいい、通勤費も要らん、仕事があればいいんだということで、 実際に会社で働いている方はいるかもしれませんが、それは例外なわけであって、 その例外を一般化することは非常に難しいだろうと思います。 責任のある仕事を本当の意味でもって委ねることができるのかどうか。 もし、その年寄りにいつまでも責任のある仕事を委ねているとすると、若い人たちが育たなくなる。 若い人たちが、本当の意味で神経がぎりぎりするような決断を迫られるようなことをやってきて 初めて経営者としても成長するわけです。 縦社会の中に老人を置くというのを系統的にやってしまってはいけません。 横社会の中で、老人の経験と智恵を使う方向を考えるべきだというのが私の考えです。 |
| 平 国際政策 担当理事 |
今後の流れを考えると、これからNPOが立ち上がって社会的な大きな役割を果たしていく中で、 そのNPOが高齢の方を入れていくという法の制度であったり、補助金を出すにしても 何十%高齢者の方が入っているという形の仕組みをつくったほうがいいという感じがします。 一流企業の部長とか役員とか幹部の方は非常に高い見識とキャリアを持っているんですが、 会社をやめた後、そういう方々にどうやって世の中の役に立っていただくかというところが 大きなポイントだと思います。 老人の方も横社会に対応するという意識の改革が必要じゃないかと思うのですが、 どのようにお考えになりますか。 |
| 河上 |
老人を甘やかすと欲しいままに生きますから、甘やかしてはいけないんです。 いかに老人の智恵と経験を使って、かつ老人を幸せににしてやるか。 むしろ、庇護する立場、保護する立場ぐらいのことを考えたほうがいいんと思います。 老人のほうももう少し柔軟になって、横社会に対応できるぐらいのことを考えてくれという話ですが、 そんなことができないから老人なんです。自分の今までの経験と頭の中だけでもってすべて判断するわけです。 自分というものは、もうでき上がっているんです。 富士山を静岡から見てばかりというのが、山梨県から見るということは理解できる。 しかし、うるせえ、そんなことできるか。それが老人なんです。 だから、縦社会で生きてきた老人を、これから横社会の中で経験を使っていくというのは、 老人に若い人たちがそういう仕事に変わる機会を与えて、 そして生きがいを与えていくんだぐらいの方向で考えないと、 非常にぎくしゃくとしたものが出てきます。 個人差があります。記憶力も判断力も衰えます。かたくなになります。 その老人をいかにうまく使うか、それは若い人たちの智恵です。 |